2011年

【2011アニメ】「ちはやふる」アニメレビュー





(91点)全25話

姉が日本一のモデルになることが夢である小学6年生の綾瀬千早は、転校生・綿谷新に「自分のことでないと夢にしてはいけない」と諭される。そんな新の夢は、競技かるたで名人になること。普段は大人しい新が真剣に札を払うその姿に衝撃を受けた千早は、幼なじみの真島太一も巻き込んでかるたの魅力に引きこまれていく。聴力に優れた千早の才能に、そしてかるたを一緒にできる友達ができたことに新は喜ぶが、卒業後はみな別の道を歩むのだった。それから4年後。高校生になった千早は、福井に戻った新がかるたから離れてしまったことを知るが、それでも、かるたを続けていれば再会できると信じ、太一と2人、瑞沢高校かるた部を設立する。TVアニメ「ちはやふる」公式サイト




かるたで切磋琢磨する青春アニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (91点)
完走難易度 易しい

原作は末次由紀先生。

監督は浅香守生さん。

制作はマッドハウス。

かるた

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

かるた。百人一首。かるたを通じて描かれる青春。

かなりの巨大タイトルで、内容は知らない人でも名前くらいは聞いたことあるのではないだろうか。

モデル美女を姉に持つ高校生が主人公。しかし彼女は「無駄美人」で、マイナー競技であるかるたにお熱な美少女。

そのルーツが1話のBパートで回想形式で描かれている。小学生の時に出会った一人のかるた少年。当時夢を持っていなかった少女にとって、かるたへの情熱を教えてくれた彼の存在が、主人公を夢へ駆り立てるきっかけとなる。

1話で目に付くのは作画の綺麗さ。背景もキャラクターも青春アニメらしく、鮮明にきめ細やかに描かれており、作画で有無を言わさず作品の世界に引きずり込む力がある。

これは10年前の作品だ。10年前でこのクオリティはただただ驚くしかない。さすがは数々のヒット作を生み出したマッドハウスといったところだろう。

導入も非常に分かりやすくのめり込みやすい。かるたへの情熱を切っ掛けに夢を抱くようになり、子供心に「楽しい」が身体を突き動かす。

夢と恋愛。これぞ王道の青春アニメ。幼馴染の男女3人がどのようにしてまた再会し、かるたを通じて成長していくのか。非常に期待感の持てる1話になっている。

別れ

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

高校生となったちはやと太一が現在の時間軸。序盤に2人が小学生の時にかるたと、そしてかるたの楽しさを教えてくれた新という少年の出会いが描かれている。

高校生となった3人はそれぞれ別の道を歩んでいる。ちはやは相変わらずかるたに熱中しているが、太一はサッカーに打ち込み、新に至ってはあれほど強かったかるたを続けておらず、祖父の死をきっかけにかるたを辞めてしまっている。

それが明らかになるのが、回想から戻った4話あたりだ。福井に帰った新太はかるたを教えてくれた大好きな祖父の死以来、かるたを嫌いになってしまう。

新太に会いに行ったちはやと太一はショックを受けるが、それでも、ちはやのかるたへの思いを知った新は再びかるたへの情熱を取り戻し、東京に戻った2人は新との再会を信じて、かるた部を作ってかるたに打ち込むことを決意する。

鉄板といえば鉄板かもしれないが、かるたを一緒に楽しんだ小学生時代があり、「もう一度3人でかるたをやる」という約束があり、別離があり、別れが人を変えてしまい、だが、かるたがもう一度3人の絆を繋いでいく。

構成が見事だ。ストーリーが一本の線のように連なりつつも、各話の最後でしっかりと次回への引きがあり、前のめりになって「次話へ」ボタンを押している。

全てにおいてハイクオリティな作品だ。なるほどこの作品が3期まで、実写化までされるほどの作品なのは疑いようがない。

かるたに青春を捧げるちはや。かるたへの情熱を持ちながらも宙ぶらりんな太一。祖父の死で心を閉ざしてしまい、かるたから離れた生活を送る新。

3人が4年の時を経て、約束通り再び夢へと向かって走り出す。非常に綺麗な流れになっている。

戦略

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

かるたというのは存外奥が深い。

恥ずかしながら私はこのアニメを観るまで、かるたというのは読み上げられた札を真っ先に弾くだけの単純な競技だと勘違いしていた。

本質的にはそうだ。相手よりも早く札を押さえる。だがかるたは遊びではなく、正真正銘のスポーツだ。

しかも、それは将棋やオセロのように個人戦に限ったものではない。団体戦で5人と5人が対戦することもあり、非常に戦略性の高い競技だ。

自分の陣地と相手の陣地に札が分かれ、お手付きや送り札など細々としたルールもあり、札をどこに置くかの「配置」もかなり重要になってくる。

個人的にはかなり鳥肌ものだ。私事で申し訳ないが、私はサッカーをしている。サッカーでも選手の配置が勝負を分ける通り、まさか自分が好きなスポーツとかるたにこんな共通点があろうとは。驚きだ。

さらにかるたは「畳の上の格闘技」とも言われる通り、かなりの瞬発力が求められる。上の句を聞いて札の位置を即座に特定し、相手よりも早く札を弾く。

ときには相手の陣地に侵入する必要もあるため、正座をした状態から前のめりになる。早く正確に弾くためには腕の振りを早くする。当然肩甲骨の可動域なんかも関係してくるかもしれない。

だが前のめりに攻撃的になりすぎると「空札」によって勢いを殺され、それによってペースを乱されることもある。メンタルの波を一定に保つことも重要だ。

まず、音を聞いて脳が判断する前に身体が反射的に反応するくらいに染みこませる作業が必要で、そこから反応速度を高めるための練習が必要で、もちろん試合ごとに札の配置はバラバラなので暗記力と集中力も求められる。

想像するだけでもかなりの高負荷だ。それこそまるでサッカーのように頭も身体も使うスポーツと言っても過言ではない。

具体的に「頭」の部分を掘り下げると、例えば東京予選の団体決勝の前にオーダーをみんなで考えるシーンがあり、5人は最終的に「自分たちの強みを活かせるオーダーで」という結論にたどり着く。

真ん中には周りが見えるキャプテン気質な人、端には勝算が高い人、そして間に素人の2人を挟む形のオーダーだ。

非常に理にかなっている。サッカーでも個々の特徴を最大限に発揮できる配置というのが重要だ。そしてm相手のことよりも自分たちの得意な形で。これもまたサッカーでよく監督がコメントで口にすることだ。

そうした人の配置があり、さらには札の配置の妙もある。自分の利き手の近くに得意な札を置くのか、相手の苦手な位置に置くのか。お手付きや相手の陣地の札を取ったときの「送り札」をどこに配置すれば有利な局面が作れるのか。

それを集中力が極限状態にある試合中に判断していく必要がある。まさに局面ごとの選手の判断が勝敗を分けるサッカーと瓜二つだ。やはり関係ないように見えるスポーツ同士でも、何かしらの共通点はあるものだ。

いつの間にかかるたの競技性に魅了されている。当然戦略云々の前に個々の能力があって、その総和がチームとしての力になり、それに+αで声掛けなどが重要に鳴る。

それが全て合わさったときに初めて、団体戦では勝利することができる。何とも美しいスポーツだ。

読主の癖、相手の表情、周りの音、声掛け、ちょっとしたアクシデント、室内の温度。いろんな要素が勝負に影響を与える「偶発性」もドラマを生み出す要素になっている。

全国大会

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

ちはや達が所属する瑞沢高校かるた部は全国大会に出場する。

しかし、念願の全国大会の団体戦では、ちはやが雰囲気に飲まれて緊張でダウンしてしまい棄権。チームも一回戦で敗れてしまう。

だが個人戦でちはやは復帰して一回戦を突破。そして次なる相手は現女王。つまり女性かるた界でナンバーワンの相手と戦うことになる。

クイーンの力に圧倒されるちはや。だが新に圧倒された小学生時代を思い出して奮起し、負けはしたものの健闘をする。

格上との戦い。見せつけられる現実。この手のスポ根アニメでは定石ではあるが、強い相手と戦った後に競技人としての本質が見える。

無理だと諦めるのか、逃げずに立ち向かうのか。どちらも正解だ。挑戦し続けても成功する

保証はない。それでもちはやは悔し涙を流し、はっきりと「夢」を視界に捉え、自分に足りないものを吸収しようと努力を続ける。

ちはやを傍で見守る太一にしても、B級から脱してA級になり、新と同じステージに立って、ちはやと対等でありたいという強い気持ちから、かるたにとことん向き合うことを決意する。

だが現実は甘くなく、A級昇格戦でことごとく敗戦。それでも諦めずに研鑽を続ける姿は「自分がなりたい姿」にひたすらに向き合う美しい青春模様だ。

それぞれが眩しい程に強くなろうと努力をする。自分に足りないものを自覚し、自分らしい方法を模索しながらも、必死で畳に座り、札と相手と向き合う。

これぞ青春。シンプルだが一番胸に響くアニメだ。見れば見るほど、かるたの魅力に憑りつかれていく。

かるたは本当に奥が深い。五感を研ぎ澄ませる集中力。早く正確に札を弾くための体幹と反応速度。そこに札をどこに配置するのか、いかに自分が得意な形に持ち込みつつ、相手が苦手な方向へ持っていくかという駆け引きもある。

自陣と敵陣に札が25枚ずつ。さらに細かく区切れば、左右上下の4つのブロックに分けられ、それぞれのブロックのどれが得意でどこが苦手なのかを割り出し、て癖を知ることも可能だ。

野球で言うところのインコースかアウトコースか、高めか低めかといったデータを用いて、相手の得意な配置や苦手な配置もあぶりだすこともできる。

知れば知るほど、かるたというのはスポーツだ。相手よりも早く札を取るというシンプルな目的を達成するために、数限りない手段が存在し、それらを個人の裁量で駆使して戦う。

ただの青春アニメではなく、かるたの奥深さ・素晴らしさも詰まっている。かるたは決して札を覚えれば勝てるだけの単純なゲームではない。

挫折

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

だいたいの青春アニメで言えば、体感的に、成功が8割から9割、挫折は1割程度というパターンがほとんどだ。

だがこのアニメは一味違う。青春を単なる挫折からの成功という単純な図式で作っていない。

大抵のアニメは最初の挫折から這い上がって、その後に大きな成功を掴むことが大きい。もちろんこのアニメでもその図式は当てはまる。

だが挫折の割合がかなり多い。「ここらでそろそろ成功するかな?」というところでも、とことん挫折を味わわせる。

A級昇格に二度も失敗する太一。同じA級との戦いで後塵を拝して、全く順風満帆に行かない主人公のちはや。

どれほど一生懸命練習しようと本番では思うように身体が動かず、格上との戦いで実力の差を見せつけられ、その度に悔し涙を流す。

全く報われる気配がない。確かに努力は身を結ぶというのは美しい。だがそう思い通りにいかないのが現実であり、むしろ現実を思い知る人が大多数だ。

優勝できる人は一人だけ。昇級できる人は一人だけ。何十人何百人とライバルがいる中で、トップに立つことは簡単なことではない。努力した人全てがシンデレラストーリーを歩めるわけではない。

このアニメは明るいところだけを映さない。努力が報われない非情な現実をまざまざと見せつけてくる。

確かにキャラクターを愛する身としては、報われて欲しいと素直に思うものだ。一回でも挫折してくれれば、その後の成功で全てが丸く収まるのも確かだ。

だがこのアニメはご都合が働く部分がかなり少ない。よりリアルな「かるた」が繰り広げられている。160kmのジャイロボールも投げないし、φトリックなんてキテレツな技も登場しない。

特殊能力なんてなくても、こんなにきれいな青春アニメは出来上がる。3月のライオンでもそうだったが、挫折を繰り返した分だけ、成功のときの喜びが何倍にもなる。

努力は必ず報われる。そう誰もが信じている。信じられるから努力できる。だが大抵の努力は報われることはない。底辺Youtuberを見て欲しい。何千本も動画を投稿している人でも登録者が1万人なんてザラにいる。

それが「報われた」と本人が感じればそれで良いのだろうが、恐らくほとんどの人が「時間を無駄にした」と後になって後悔することになる。努力というのは常に後悔と隣り合わせにある。

だが後悔先に立って努力を惜しむこともまた、自分の成功の可能性を潰していることになる。だから人は無垢に成功を信じて努力する。大抵はこの思考のループだ。

だがこのアニメのキャラクターたちは、挑戦をためらう瞬間こそあれど、誰も下を向いたまま何かにすがろうとしたり、努力を怠ることはない。ただひたすらに、それぞれの目標に向かって邁進している。

A級になれなくても、諦めずに勉強と両立させながらかるたに打ち込み、A級で力の差を見せられても何度でも這い上がる。

そして、いつか小学生の時に交わした「一緒にかるたを打つ」という約束に向かって走り続ける。

結局はそれが一番綺麗だ。諦める人の気持ちも痛いほど分かる。諦められる人はきっと努力をした人だ。それでも何もかもを達観したうえで、努力ができるちはやふるのキャラクターたちは本当に輝いている。

失敗の連続でも「好き」を貫き通す。「挫折を経たから成功できます」なんて生易しい世界ではない。残酷な現実をしっかりと描写して、青春の光と影の両方を映し出す。

ただただ、挫折の悲しみとそこから前を向く強さに励まされる作品だ。

総評:ただのかるたと侮ることなかれ

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

「かるた?そんなん子供遊びだろ?」競技かるたを知らない人はその程度の認識かもしれない。

そういった描写は作中にもある。「かるたなんか」「マイナーな競技」などと言われ、「所詮かるた部なんだから、大きな部室は必要ないだろう」と端に追いやられる。

だがかるたはスポーツであって遊びではない。相手よりも早く札を取る。その目的を達成するために様々な能力や駆け引きが必要となる。非常に奥が深い競技なのだ。

その奥深さを、2クールの尺の中にギュッと凝縮している。日常パートとかるたパートのどちらかを手を抜いたり、どちらかに比重を置いたりはしない。

かるたの奥深さをとことん突き詰めている。どうすれば相手よりも早く札を取れるのか。そのための手段をとことん追求している。

例えばこんなシーンがある。終盤に部室でいつも通りかるたの練習をしている部員たち。読み手は太一だ。

太一は学年1位の成績を誇り、暗記力に優れている。だから彼は一言一句間違わずに、しかも読み終えた札を二度読むことなく、完璧に百枚の札を諳んじることに成功する。

それは素人からしたら間違いなく「唯一無二の武器」に思える。だが部員の1人である「肉まん君」は「それじゃダメだ。暗記をしても実戦では役に立たない。もっと身体を思い通りに動かすための練習をしろ」とズバッと指摘する。

ここで肉まん君が「凄い武器だ!」と驚いても誰も違和感がないシーンで、肉まん君はより強くなるために必要なことを指摘している。

ここら辺はかるたをしている人ならではの知見だ。このワンシーンを観るだけでも、この作品がいかにかるたと真剣に向き合っているのか、いかに部に勝者のメンタリティが充満しているのかが分かる。非常に濃いワンシーンだ。

札の「配置」も甘美な響きだ。最初の一文字目、または二文字目で即座に判別できる「決まり字」をどこに配置するのか。かつ相手が狙う気満々の札をどこに配置するのか。かるたに置いて重要な駆け引きの1つとなる「送り札」でいかに錯乱していくのか。

一見全く関係のない他のスポーツとの共通点が多々あり、試合の臨場感も相まって、かるたという競技の魅力にすっかり虜だ。

試合中の演出には特にこだわりが見える。札を取ったときのインパクトを集中戦やキャラクターの汗、そしてリアルな身体の動きと畳を叩く音で表現しており、さながら傍で見ているような緊張感がある。

読み手の声だけに耳を澄ます一瞬の静寂。絶対に勝つというキャラクターの真剣なまなざし。どれもかるたという一対一のバトルを最高にアツくしている。

正直観る前は半信半疑だった。「かるたのアニメが3期まで?どうせかるたなんて見てもつまらんだろ」くらいに斜に構えていたが、その認識は大きく改めさせられた。かるたの素晴らしさを思い知った。

まずはキャラクターがかるたを全力で愛していること。冒頭の回想シーンで小学生時代のちはや、太一、新のかるたを通しての出会いと絆とそして別れが描かれ、そこからかるた離れなどのアクシデントがありながらも、伏線通りに「またかるたの大会に出る」という約束を叶えようと、別々の地で戦う。

しっかりとのめり込む過程や、挫折を経験して強くなる過程、全ての過程が丁寧に丁寧に描かれ、少しずつキャラクターの感情の変化と共に前に進むような構成になっており、他の1クールの青春アニメ程カタルシスはないが、リアル目線で少しずつ成長していく等身大のストーリーになっている。

そこがこの作品の良いところだ。力の差を見せつけられても「勝つにはどうしたらいいのか」を個々が考えて、かるたの背景にまで気を配ったり、相手の配置などを分析したり、それぞれが勝つために「自分の土俵」というのを持っており、それが立派な個性になっている。

24話構成なのに途中でダレることが全くない。ところどころ弛緩はしつつも、かるたに打ち込む過程があって、本番の緊張感があって、敗北の苦みがあって、前を向く強さがあって、気になる恋愛模様があって、ところどこに気になる伏線や共感できるシーンがあり、さらに各話で引きも意識されていて、あっという間に一気見してしまうほど面白い。

文句のつけようがない程、全ての面においてハイクオリティで、心を込めて作られている作品だ。

雑感:本当に10年前?

©末次由紀/講談社・VAP・NTV

10年前のアニメというのがいささか信じられないほど素晴らしい作品だ。

かるたの普及に一役買った作品だし、存在自体は既に知っていたが、まさかここまで面白いとは思わなかった。

このアニメには、みんなが想像する青春の全てが詰まっていると言ってもいい。それくらいに完成度の高い作品だ。

かるた1つでまさかここまで熱くなれるとは。まだまだ自分が知らない凄い世界があるもんだな、とやっぱりこういう発見と気づきがあるからアニメは止められない。

ちなみにこのアニメは、瀬戸麻沙美さんが初めて主役を勝ち取ったアニメらしい。今では人気声優となった彼女が羽ばたくきっかけとなった作品と思うと、さらに感慨深い。

幼馴染役にも宮野真守さんや細谷佳正さんなど豪華なメンツが勢ぞろい。だがそんな声優の存在感など一切忘れてしまうほど、キャラクターにのめり込んでいける作品だ。

2クールで観るタイミングが難しい作品ではあるが、青春アニメの中でも上位に来るほど面白いアニメなので、観ないと損だ。




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