2020年

【2020アニメ】「神様になった日」アニメレビュー





(33点)全12話

彼女が神様になった日、
世界は終焉へと動き出した――

高校最後の夏休み、
大学受験を控えた日々を送る成神 陽太の目の前に、
ある日突然「全知の神」を自称する少女・ひなが現れる。

「30日後にこの世界は終わる」

そう告げるひなに困惑する陽太だったが、神のような予知能力を目の当たりにし、その力が本物だと確信する。

超常的な力とは裏腹に天真爛漫であどけないひなは、なぜか陽太の家に居候することが決まり、2人は共同生活を送ることになる。

「世界の終わり」に向けて、騒がしいひと夏が始まる。TVアニメ「神様になった日」公式サイト




世界の終わりまでの神様との青春の日々を描いたkey×P.A.WORKSのオリジナルアニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (33点)
完走難易度 普通

keyとP.A.WORKSのタッグによるオリジナルアニメ。

監督は浅井義之さん。

原作・脚本は麻枝 准さん。

神様

©VISUAL ARTS / Key / 「神様になった日」Project

keyとP.A.WORKSがタッグを組んだオリジナル作品だ。

keyとPAが組む作品というのはおそらく「Charlotte」以来5年ぶりとなる。懐かしい。

keyの象徴でもある麻枝さんが脚本を担当するということで、ファンの間では放送前からかなり話題になっていたのは記憶に新しい。

かくいう私もkey作品とともに成長してきた身なので、かなり期待度が高い中で視聴に臨んでいる。

どうやら一部界隈でも評判はあまり芳しくないようだが、麻枝さんの「原点回帰」ともいわれたこの作品の出来やいかに。

神様が実在する世界で、「30日後に世界が終わる」ことを告げられるというお話。

主人公の元に降り立った神様を名乗る幼女が、主人公やその仲間たちと一緒に、残された日々を楽しく過ごすというストーリー。

世界の終わりがあらかじめ決まっており、そこに向かって進んでいくという構成になっており、非常に珍しいとともに少し気がかりなのが、クライマックスが分かってしまっているということ。

世界が終わるという一大事件が1話にして明らかになっており、神様が嘘をついているというトンデモ展開でもない限り、12話で世界が終わることは前提条件になっている。

つまり1話にして先を予想するという楽しみは完全に失われており、「ゴールから逆算して何ができるか」というところが、この作品の見せ所になっている。

果たしてアニメ作品として、ゴールがあらかじめ分かっているというのはいかがなものだろうか。

もちろんそういう作品は他にもあるにはあるが、あまり面白い作品として記憶に残っている作品は少ない。

いわゆる最初からネタバレを食らってしまっている状態で、麻枝作品でかなりモチベは高いとはいえ、早々に視聴意欲を少しそがれてしまっている。

神様の登場シーンにしてもアクセル全開すぎて少しついていけない。冒頭に何の前触れもなく唐突に登場する神様は、神の存在を信じようとしない主人公に向かって駄々をこねるような仕草をしたり、大声で大げさにツッコミを入れたりと、1話で登場したとは思えないほどのノリでツッコミを入れる。

ツッコミの中身もそれほどキレのいいことは言っておらず、正直ノリが寒い。

いかにもkey作品というギャグシーンではあるものの、関係性が全く出来上がっていない1話の冒頭でやるようなシーンではない。

1話から力んで暴走してしまっている感はどうしても否めない。このアニメはギャグをやりたいのか青春をやりたいのか。どちらが中心なのか分からない。

日常

©VISUAL ARTS / Key / 「神様になった日」Project

世界が終わるまでの日常。それがこの作品の一番の見どころ。

神様を自称する幼女と共に映画を撮影したり、妹の先輩が経営するラーメン屋を繁盛させたり、麻雀の大会に出場したり。

騒がしい青春の日々を送りながらも、刻一刻と世界の終わりへと近づいていく。

そして主人公の日常と同時進行で、鈴木少年と呼ばれる銀髪の少年が何やら秘密裏に調査をし、いずれ主人公たちと交わるであろうストーリーも展開されている。

ラストの展開が予想できるとはいえ、素直に面白いと思える部分もある。

その1つが主人公が思いを寄せるイザナミさんとの関係。彼女の母親が亡くなったという過去が明らかになり、そんな彼女を幼いころから見守ってきた主人公。

イザナミさんに思いを寄せる主人公の気持ちは純粋そのもので、ヒロインの心の拠り所になっている主人公との関係は、誰にも犯せない絶対領域にも思える。

2人の恋の行く末がどうなるのか。主人公とイザナミさんのどちらにも応援したくなるような純粋さがあり、世界の終わりというしがらみも合わさって、1つの大きな見どころになっている。

何これ?

©VISUAL ARTS / Key / 「神様になった日」Project

4話でなぜか主人公が麻雀の大会に出場するという回がある。

神様が勝手に予選にエントリーし、優勝してしまったことで、主人公が憧れている美人のお姉さんが主催する大会に出場することになる、といういきさつだ。

主人公はルールも知らない全くの素人で、プロに交じって四麻を打つという流れになっている。

一体何を見せられているのか…というのが本音だ。

騒がしい日常の範疇では確かにあるが、キャラクターの誰も麻雀との関連性はなく、ただ麻雀がやりたいから麻雀をやっているようにしか見えない。

しかもその麻雀の大会というのも「自由」を掲げるよく分からないレギュレーションになっており、立直も知らないような主人公が出場し、しかも優勝を勝ち取ってしまう。

自由な役で次々と勝手にアガっていく主人公。麻雀の役自体は独創性があって面白いが、途中で「ナニコレ?」と冷静な目で見てしまうほど違和感が凄い。

しかも明らかにおかしいのは「自由」を掲げる大会であるにも関わらず、神様がエントリーしたネット麻雀の予選大会は恐らく「普通」の麻雀であったことだ。

予選突破者を普通の麻雀で決めて、決勝の舞台ではなぜか「自由」。こんな一貫性のない大会があってはたまらない。(笑)

いろいろとツッコミどころ満載なところを見るに、単に麻雀が好きだから麻雀回をどうしてもやりたかった、ということなのだろう。

それはそれでいいが、話の流れが不自然極まりないし、麻雀以外にも青春を象徴するようなイベントはなかったのだろうか。(笑)

麻雀を知っている身からしたらそれなりに楽しめたものの、麻雀のルールを知らない人にとっては地獄かもしれない。

画面上で何が起きているか分からないことに加え、神様と一夏の思い出を過ごすはずのアニメで麻雀を打っているのだから、「意味不明」のダブルパンチに違いない。(笑)

親友

©VISUAL ARTS / Key / 「神様になった日」Project

主人公には親友がいる。

歴代のkey作品を知っている人には伝わるかもしれないが、key作品と「友情」というのは切っても切れない縁がある。

クラナドには朋也と春原の友情があったし、リトバスには理樹と真人の友情があったし、数多のkey原作のアニメでラブコメにも関わらず、「友情」が1つのテーマとして描かれることが多い。

このアニメでも、主人公の陽太と阿修羅という男の子2人が仲の良い「相棒」という関係性で描かれており、夏祭りの回で神様のピンチを2人で解決したりと、男同士の友情に重きを置いていることが分かる。

だがそこまで強い「絆」というのを感じることができない。こればっかりは主観になってしまうので何とも言えないが、個人的には無理やり友情にこじつけているようにしか見えない。

2人は中学時代からの親友でバスケ部に所属する親友同士。それは回想を使ってしっかり描かれているので分かる。

だが肝心の2人の強い結びつきが分かるようなエピソードがないので、繋がりが薄い。

お互い相棒だなんだと言い合ってはいるが、言葉にすることで逆に寒くなってしまっている。

そこに緊張感のなさも加わっている。主人公と親友は2人で神様が乗ったトラックを追いかけるのだが、そこに至るまでの2人のセリフからは緊張感の欠片も感じない。「なんて分かりやすい痕跡!」みたいな少しメタっぽいことを言っている。

神様を失うかもしれない恐怖がない。だから2人が協力してバイクでトラックを追いかけても、迫力のあるアクションシーンを見せられても、「あの時のリベンジをしようぜ!」とキザなセリフを吐かれても大して心に響かない。

夏祭りの回は6話。折り返しに来ているのに一向に見せ場は訪れない。

5話のイザナミさんの家族愛を描いた回にしても、ギャグとシリアスの棲み分けが上手くいっておらず、素直に感動はできない。

しかも7話にして焼き増ししたかのような再びの映画撮影回。ネタ切れ感が凄い。

違うメンツが集まっているので、すぐに撮影が開始されて、前回とは違う展開が起こるならまだいい。問題なのはすぐに始まらないこと。

メンバーが揃って「さあ撮影開始!」となると思いきや、地球最後の日まで1週間しかないというのに、呑気に「絵コンテ待ちの間、ゲームでもするか!」と意味の分からない展開になっている。

主人公がゲームをしているのを眺めるヒロインたち。一体何をしているのだろうか。

地球最後の日まで1週間しかないのに、悠長に絵コンテからじっくり映画を作ろうとするのがまずおかしい。そして絵コンテが出来上がるまでゲームをするという発想もおかしい。主人公が先ほどまで勉強をしていた姿は一体何だったのか。

百歩譲って絵コンテ作りを待つにしても、ゲーム以外の選択肢はないのだろうか。ゲームをする主人公をみんなで見る。本当に何がしたいのか意味不明だ。

さらにゲームを始めてから数十秒後には絵コンテが完成してしまう。ゲームを挟んだ意味は一体何なのだろうか。(笑)

中盤に差し掛かってもこのアニメがやりたいことが全く見えてこない。

総評:微妙

©VISUAL ARTS / Key / 「神様になった日」Project

何とも評価しづらい作品だ。面白くもないし、決して世間一般で言われているような酷い出来のアニメでもない。

ただ麻枝准脚本ということで特大の期待をしていたことを考えれば、期待を裏切られたという気持ちを感じるくらいには、なんともいえない作品だった。

神様を自称するヒロイン。地球最後の日。ヒロインの言う「全知全能」の能力の正体。

序盤からの伏線があり、それが終盤で一気に回収される展開は日常からシリアスの急激な変化もあり、心を揺さぶられる瞬間が確かにあった。

だが素直に感動はできない。過程があまりに雑すぎる。

約束されたクライマックス。そこに至るまでの過程では、物語の本筋と関連性の薄い日常シーンが繰り広げられ、寒いノリで寒いネタが次々と投下され、それらのイベントを通して「友達」と呼べないような人たちが金魚のフンのようについてくる。

ラストをいかに感動させるか。そのために序盤から中盤にかけての日常シーンというのが肝になっているはずだが、特に主人公と神様の絆や、他の仲間たちとの強いつながりを感じるようなシーンはなく、ラストもそのせいで実に味気ないものになっている。

世界観自体は面白い。神様を自称するロリババアが出てきて世界の終わりを予言する。

それまで何の変哲もない日常を過ごしてきた主人公が、初めて青春を謳歌するような日々を送り、主人公と神様の関係にも変化が訪れる。

麻枝さんが「原点回帰」と言った通り、「友情」「恋愛」「青春」など麻枝さんらしさを感じるような要素があり、泣かせどころがあるところも昔から変わらない。

だが今作ばかりは、どう考えても盛大に滑っている感は否めない。ノリが全体的に寒いし、何より麻枝さんシナリオ特有の「キャラ同士の結びつき」がほぼ感じられない。

序盤から中盤にかけて、溜めに溜めたエネルギーを一気に放出するかのような終盤の爆発力。麻枝さんがシナリオを務めるゲームやアニメには、終盤に必ずそのような感動シーンが来る。

このアニメにも終盤に感動シーンがあるが、他の麻枝作品に比べて不思議と涙腺に来ない。ギャグも中途半端。絆も中途半端。それではクライマックスも盛り上がらないのは当然だ。

ヒロインが謎の組織に連行された後、主人公はまた日常に戻る。神様のことが頭から離れないが、助けに行くという選択肢はなく、流されるまま受験勉強に励む。

そこに現れる、序盤から同時進行で神様のお爺さんの素性を調査していた鈴木少年。

彼は主人公のコミュニティに入り、そこから年月が過ぎて受験が終わる3月ごろに、神様の関係者であることを主人公に気づかせるために輪に入り、主人公と神様がしていたことを全て辿ることで、そのことを暗にアピールしていたことが明らかにする。

文字列で見ても意味が分からない。(笑)

つまり鈴木少年は、神様の居場所などの情報を知っていながら、実に半年間もの間それをあえて秘密にし、わざわざ主人公のコミュニティに割って入ってまで、主人公が気づくまでわざわざ待っていたということになる。

どこから突っ込めばいいのだろう。主人公は神様がいなくなって悲しんでいるなら、鈴木少年に根ほり葉ほりなんでも聞いているはずだし、なぜ鈴木少年は高校に転入するというめんどくさい手を使ってまで主人公に接近したのに、主人公が欲する神様の情報を隠していたのか。知り合いでも何でもない主人公と一体どんな気持ちで「お友達ごっこ」をしていたのか。

何とも無駄な半年間だ。この間のせいで、神様を失ってしまったという熱はすっかり冷めてしまっている。

大々的に宣伝をしていたし、麻枝さんがシナリオを担当するアニメなんて久しぶりだったので、かなり期待していただけに残念だ。

作画は素晴らしい。PAさんの仕事なので今さら何を言うこともない。お金も人も時間もかけているので当然だ。

声優さんの演技も実力派が勢ぞろいしているので特に何もない。挿入歌も何曲かあり、いろんなところにお金がかかっているのがはっきりと分かる。

そのお金に見合うだけの脚本だったのかどうか。アニメ作りはチームなので個人を責める気は毛頭ないが、「麻枝准作品」という世間のレッテルに苦しみながら産み出された作品だと勝手に解釈をしている。

そのプレッシャーは計り知れない。脚本というアニメ作品の大元を1人で担って、お金も人も時間も自分という羅針盤を元に動き出すわけなので、相当な葛藤があったと推察できる。

だがひいき目で見てもこれでは…個人的な批判を受けるいわれはないにせよ、麻枝さんが迷走した作品として後世に残ってしまうかもしれない。

雑感:変化球

©VISUAL ARTS / Key / 「神様になった日」Project

個人的には変化球を投げすぎたようにも見える。もっとストレートに頼っても良かったのではないだろうか。

特に日常シーンでそれは顕著で、映画の撮影をしたりラーメン屋を再建したり麻雀の大会に出たり。

あまりにアニメの世界観からかけ離れた、極めて個人的な趣向が乗ったシナリオになっている。

他のアニメにない要素を追求しすぎて、麻枝さんが得意とするようバカすぎるほどに真っすぐな青春、そしてその青春の中にある個性的なキャラがもたらす自然な笑いが薄れているように感じる。

原点回帰と言うなら、とことん王道を追求して欲しかった。変化球で冒険する道をあえて選んだのかもしれないが、とことんストライクから外れまくっていた印象だ。

当の麻枝さんはこのアニメに批判の雨が注いだことで、雲隠れしてしまったというニュースを見たが、それほどに追い詰められていたということではないだろうか。

誰かとの共同脚本なら、またはもっとkey色の強いメンバーならもしくは…と思わなくもない。

まあなんだかんだ言っても一応は綺麗に終わっているので、1つの作品としては完成している。

気になる人は観てみて欲しい。




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