2016年

【2016アニメ】「舟を編む」アニメレビュー





(94点)全11話

「まじめもいいけど、もう少し空気を読めってコト」「西岡さんの仰る『空気』は【呼吸する】ものではなく、【場の状況、雰囲気】を表す際に用いる『空気』ですね・・・」口下手なのに営業部員の馬締光也と、一見チャラ男だが辞書編集部員である西岡正志は、偶然、街中で出会う。中型国語辞典『大渡海』の刊行計画を進める、出版社・玄武書房のベテラン編集者・荒木は、自身の定年を間近に控えて後継者探しに躍起になっていた。そんな中、西岡から馬締の話を聞き、彼をスカウトすることに・・・・・・。「人をつなぐ — 言葉を編む」伝わらない言葉。伝えられない想い。これは、そんな不器用な人間達の物語である。TVアニメ「舟を編む」公式サイト




編集者たちの不器用な日常を描いたアニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (94点)
完走難易度 超易しい

原作は三浦しをん先生。

監督は黒柳トシマサさん。

制作はZEXCS。

辞書

©玄武書房辞書編集部

辞書作りに奮闘する編集部の日々を描いたアニメ。

タイトルだけを聞くと、造船所のような船を造る場所が思い浮かぶが、このタイトルは「舟を編むように言葉を紡いでいく」という比喩になっている。

物語の中心となるのは、とある出版社の辞書の編集部。

時代のあおりを受けて、人手不足&ニーズ減退により窮地に立たされる編集部。

辞書作りに適した人材を探しているさなか、1人の編集部員が出会った営業部員に辞書作りのセンスを見出して、ヘッドハンティングをするところから物語は始まる。

言葉の奥深さを1つのテーマに持っている作品だ。

言葉とは無限に広がる「海」のようで、選択肢が無数にある中から、その場に適していると思う言葉を選び紡いでいく。

言語化というところに特化して丁寧に作られている作品だ。

主人公は初めて編集部の人と出会ったときに「君なら【右】という言葉をどう説明する?」と聞かれ、「お箸を持つ手?でも左利きもいるし、心臓がある場所?でも心臓が右にある人もいるし…」と思案しながら最終的に「北を向いたときに東に来る方角が右」という揺るぎない結論へとたどり着く。

全てにおいて正確さと、人の手によって作られたという温もりが求められる辞書作り。

言葉1つ1つにかける思いを丁寧に汲み取っており、こうしてブログを書いている身からしても、学ぶものが多い作品だ。

子供の頃は、辞書がコンピューター的な「何か凄いもの」がインプットしてあるものを、そのまま掲載しているものとばかり思っていた。

あれだけの語数を、1つ1つ正確な意味も添えてまとめるなど、人間ができる仕事量じゃない。そう思い込んでいる時期が誰にでもあるはずだ。

しかし、辞書は人間の手によって作られている。1つ1つの言葉について精査しながら「10年」というとてつもなく長いスパンでようやく完成に至る。

辞書を作るという途方もない旅路。仕事や日常の風景を通して「言葉」と向き合う。非常に情緒に溢れた作品だ。

辞書作りという堅いイメージとは裏腹に、西岡のようなひょうきんなムードメーカー的存在もいて、非常に観やすい。

文学小説が原作の作品ではあるが、アニメファンに向けて配慮された作品になっているという感じだ。

©玄武書房辞書編集部

恋愛要素もこのアニメのイメージをよりアニメっぽく柔らかくしている。

主人公の馬締と同じアパートに住んでいる林。彼女は板前を目指している。

一人前の板前になるためには、辞書作りと同じく途方もない時間がかかる。それでも彼女は好きだから辞めないと言い切る。

馬締は自分の「言葉」への思いと重なる部分を見出し、彼女に一目ぼれをすることになる。

完璧なものなど作れない。料理にも言葉にも終わりはない。だからこそ好きでいられる。これには賛同できる人も多いことだろう。

それはさておき、恋愛要素があるというだけでこのアニメを観ようというモチベーションにもなる。

辞書作りをただ延々と描いたのではやはり味気ない。だがこの作品には、辞書を完成させるまでのキャラクターの葛藤があり、事件があり、主人公が「恋」という1文字と向き合うという深みもある。

コアなファン向けの作品ではなく、アニメが好きな人により刺さる作品になっている。

ヒロインの声を担当しているのが坂本真綾さんと紹介するだけで、恐らくほとんどの人が、どのようなキャラクターかピンと来るのではないだろうか。(笑)

驚くべきことに、私は最初のビジュアルを見ただけで、坂本さんが声を当てていることを何となく察しているくらいで、いかにも坂本さんが演じそうな清楚で可憐な乙女という趣のキャラクターだ。

ひたむきに頑張る主人公と重なる部分があり、二人の恋模様というのもこの作品の見どころになっている。

共振

©玄武書房辞書編集部

共振とは、心や行動が相手と反応し合って同じようになること。

主人公とヒロイン。2人の運命的な出会いから少し経った6話で見事に二人は結ばれる。

月明かりが照らす部屋で2人きり。お互いの思いを確かめ合うシーンは今風に言えば「エモ」だ。

主人公は恋文を渡してヒロインに思いを伝えている。ラノベや漫画原作のアニメで、主人公がヒロインにラブレターを渡すなどそうはお目にかかれない。

文学作品だからこその主人公の不器用さが表れたシーンだし、回りくどいことをせずにシンプルに「好きだ」と相手に伝えるシーンは、ニヤニヤなしに見ることはできない。

予想よりもしっかり恋愛をしている作品だ。辞書作りと恋愛の両輪を上手く回しながら、どちらにも真摯に向き合っている作品で、一度観だしたら止まらない引きもある。

バディ?

©玄武書房辞書編集部

このアニメは当たり前だがバトルなどはない。だが一種のバディのような関係性が楽しめる作品だ。

主人公が営業部にいたころ、彼と初めて会った西岡という辞書部の先輩。2人のコンビは監修の先生が言うところの「コンビ」になっていく。

「あなたたちは本当に良いコンビになりましたね。互いの良さを尊重し、そして補い、支え合っている。素晴らしい信頼関係です。」

主人公と西岡が「西行」という言葉について編纂しているシーンで、お互いの意見を尊重しつつ、主人公にはない視点で西岡が自分の考えを述べる。

以前の西岡は辞書作りという仕事に完璧に熱意を注ぐほどでもなく、ちゃらんぽらんな一面がのぞくシーンも多々ある。

1話の時点で、もし主人公に西行についての考えを聞かれたとしても「何言ってんだよ。それよりもさ…」と一笑に付していたことだろう。

だが主人公との出会いや、恋愛相談を経て、主人公の仕事をぶりに感銘を受け、主人公の不器用でひたむきな内面を知り、また主人公も、西岡さんに自分にはない魅力を見出すことでお互いに「信頼関係」を築いていく。

これも一種のバディものではないだろうか。言葉選びや相手に対する態度、そして演じている櫻井さんと神谷さんの声のトーンの弾み具合にも、辞書作りを心底楽しんでいる様子が伝わってきて、思わず観ているこちら側も楽しくなってくる。

それほど2人には個々の魅力があり、かつ正反対の2人だからこそ生まれるコンビネーションもあり、つくづく人間の組み合わせというのは意外性があって面白い。

7話

©玄武書房辞書編集部

7話で西岡が、辞書の原稿の手伝いをお願いしている先生に呼び出しを食らうシーンがある。

先生が提出した原稿は長く、主観的な部分も多く含まれており、それを辞書用にコンパクトにしたことに対して、プライドを傷つけられて怒る先生。

分かりやすいヨイショをして先生をおだてる西岡だが、校正を飲む代わりに「土下座」をそれとなく強要されてしまう。

土下座の体勢に入る西岡。しかし彼は、辞書作りにかける主人公の姿を思い出して、ギリギリで踏みとどまる。

そこから先生に愛人と隠し子がいることを見抜き、それを直接的ではなく遠回しにゆすりのネタにして、何とか先生の懐に入ることに成功し、辞書作りの熱意をしっかりと伝えることで難局を乗り越える。

一連のシーンは鳥肌ものだ。決して絵面が派手なわけではない。

それでも主人公に感化された西岡の辞書作りに対する思いと主人公への信頼、そして言葉巧みに回避する西岡の言葉選び。

あまりの巧みさに鳥肌だ。仕事に熱意を傾け、部下のために頭を下げられる人がこれほどカッコいいとは。まさに上司の鏡のようなキャラクターだ。

総評:船

©玄武書房辞書編集部

言葉の海を一艘の舟で渡る。それがいかに果てしなく苦しいものか。このアニメはそれを教えてくれる。

クライマックスのシーン。編集部が13年かけて作り上げた辞書「大渡海」の刊行を知らせに、病床に臥している監修の先生の元を訪ねる主人公と元編集部の部長。

2人はそこで先生の辞書作りの思いを知るとともに、先生が食道がんを患っていることを知る。

2人は途方に暮れる。元編集部長がこう漏らす。

「こんなことってあるか…なあ馬締。俺たちは辞書を作り続ける。言葉の海を渡る一艘の舟を編み続ける。そうやって俺たちはいったいどこへ向かおうとしてるんだろうな。」

それに対して主人公は

「どこへ向かうのは僕には分かりません。辞書の編纂に関わるようになって僕は暗闇に明かりを見出した思いでした。ようやく自分が目指すべき方角が分かったと。でも今でも時々夢を見ます。暗い海でどちらへ進めばいいのか分からず、途方に暮れている夢を。ですが今、それが自分だけじゃないことを知っています。誰もが自分の思いを伝えようと喜んだり傷ついたり、みんな懸命に。僕たちにできるのは夜の海を渡ろうとする人たちの道を照らし、たとえ小さな歩みでも立ち止まらず、いつか次の誰かにバトンを渡すこと。そう言ったら悲しすぎるでしょうか?」

辞書作りに人生をかけた先生も病魔に侵されて亡くなる。何かに熱意を注いでも最後に行き着く先は理不尽な「死」のみ。

何のために辞書作りに命をかけるのか。言葉の海を渡るための一艘の舟を編み続けることに何の意味があるのか。

その部長の疑問に対して主人公は「辞書を求める誰かのため」というシンプルな動機を打ち明ける。

永遠に答えが見つからない仕事。100%正解の答えは存在しない。言葉は変化し増減する。時代の流れに沿って改訂を重ねていく必要がある。

多くの人の人生をかけて、多くの人の思いを乗せて、地道で丁寧な作業を延々と繰り返して、命をすり減らして、十数年でようやく完成する辞書。

辞書を完成させることの過酷さがしっかり詰まっている。自分も辞書作りを一緒にやっているような没入感。

そして、夢や目標を目指すための熱意という炎に燃料を与えてくれるようなエネルギッシュな作品だ。

何より驚かされるのは、11話のアニメとしてしっかりまとまっている点だ。

辞書作りを立ち上げる起。西岡が局長命令で転属になり、主人公が林と付き合う承。13年後に飛んで監修の先生が入院したり、言葉の抜け落ちが発覚してバイトも雇って総出でチェック作業をする転。

そして、最終的に13年という年月をかけて「大渡海」が完成する結。13年時間が飛んでいるが、そのことでしっかりと完成を目の当たりにすることができ、晴れやかな気持ちで満足感に浸ったまま、最高の気持ちで観終えることができた。

堅苦しい小説を上手くアニメとして楽しめるように改編し、作品が本来持つテーマを乗せたうえで、ストーリーをしっかりと組み立てる。

だからと言って、小説に本来ある「味」が損なわれてはいけない。人気があるのはあくまで小説なので、そこもリスペクトしつつ、アニメにするというのは大変な苦労があったに違いない。

そこらへんが非常にいい塩梅だ。小説的な堅苦しさとアニメ的な柔らかさ。まるで辞書作りのようなきめ細やかさ。まさに「エモ」だ。

主人公の声を担当した櫻井さんは、今更だが、やっぱりただものではない。役の幅が広すぎる。

この作品の主人公のような頼りない男から、モテモテのイケメンまで。頼りない男から徐々にいっぱしの上司になって、最初は苦手だったことにも果敢に挑戦していく成長も声で表現している。

表現力の引き出しと、それを実際に言葉にして発する技術が相当高いのだろう。彼が長い間第一線で活躍している理由がよく分かる。

全てにおいて完璧。少々胃がキリキリと痛むような作品ではあるが、辞書作りに魂を込める人々の美しさにきっと魅了されることだろう。

雑感:感動

©玄武書房辞書編集部

完成までに13年。身を削ってただひたすらに言葉に向き合う。1つのことに命をかけるとはまさにこのことなのか、と感動せずにはいられない。

何かに一生懸命な人ほど胸を打つものはない。一生懸命という言葉を使うと途端に陳腐に聞こえるが、このアニメを観れば、本当の一生懸命が何たるかを知ることになる。

紙の辞書など時代柄、使う人はごくわずかだろう。大半は電子辞書を買う人がほとんどではないだろうか。

紙の辞書に命をかけ、お金まで使うのは時代錯誤と思われてしまうことだろう。それでも言葉の重みと向き合い、紙の辞書ならではの武器を信じてひたむきに取り組むからこそ、一層彼らの姿は美しい。

紙には紙の良さがある。「紙」の文化を絶やしてはいけない。そう強く思う。

そして、人生をかけているのは辞書作りの人達に限らない。いろんな人が人生の大切な時間をかけて「何か」に熱中している。このアニメは決してフィクションではない。

月並みにはなるが、そういった人達がいるから自分はいる。自分も負けずに頑張ろう。そう自分を奮い立たせてくれる作品だ。

原作を知らない人でも、一見堅苦しいイメージをこの作品に持っている人でも、騙されたと思って観て欲しい作品だ。

 




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