(30点)
【リトル・ルーキー】として都市を賑わせた冒険者ベル・クラネルと、彼の主神ヘスティアも、その喧騒の只中に身を置いていた。夜の闇を照らし出す、色とりどりの屋台や催し、都市全体を淡く包み込む月光。都市の喧騒の遙か上空で、月は静かに佇み、ただ待っている。英雄の誕生を、そして新たな冒険譚の始まりを――TVアニメ「劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか -オリオンの矢ー」公式サイト
英雄を目指す少年を描いたファンタジーアニメ
1期と2期の間に放映された劇場版映画。
原作は大森藤ノ先生。
監督は桜美かつしさん。
制作はJ.C.STAFF。
時系列
ダンまちはアニメ2期を放送したばかりで、3期も即座に決定してしまうほど人気の「なろう系」作品。
主人公のベルが「英雄」を目指して強くなるまでの過程を描いた物語だ。
時系列でいえばアニメ1期と2期の間のお話になる。
この「劇場版ダンまち」は1期を観ていないと分からないような作品ではない。
あらすじから始まり、序盤でお馴染みの顔ぶれが一通り揃う。
アニメ未視聴でも作品に入り込めるような工夫が見られ、アニメを観ていない勢でも大丈夫な作品だ。
しかし観る価値があるかどうかは…。
オリオンの槍
引用元:©大森藤ノ/ワーナー・ブラザーズ/劇場版ダンまち製作委員会
ダンまちのいつも通りの日常が繰り広げられた後、祭りの場面でヘルメスという神の登場によって物語が動き出す。
氷に深く突き刺さった槍。
選ばれし者にしか抜けない槍。
なんとベッタベタな設定だろうか。(笑)
それはいいとして、槍を抜いた者には女神の祝福、そして豪華世界観光ツアーが与えられるという。
腕に覚えのある冒険者が次々と抜こうとするがビクともしない。
しかし主人公のベルはあっさり抜いてしまう。
ベル君には女神の祝福が与えられ、この映画は豪華世界観光ツアーでヒロインたちとおイチャイチャするストーリーに決定!
…となるわけはなく、そこで旅のスポンサーである神・アルテミスが登場する。
彼女はどうやらヘスティアの親友で、広場に突然現れては、親交が全くないはずのベル君に抱き着く。
渾身のハグをかわされたときのヘスティアの不憫さは、ダンまちの名物だ。(笑)
事の顛末はアルテミスが、観光ツアーなど名ばかりの冒険クエストをヘルメスに依頼し、そのヘルメスが催し物として、槍を抜いた者にクエストを任せる魂胆だったということだ。
なぜそんな回りくどいことをする必要があるのか。
アルテミスの親友というなら、ヘルメスではなくヘスティアに頼んでも良かったと思うし、ヘルメスに頼んだのはいいが、なぜ広場で大々的に「槍を抜いた者に~」などと言う必要があったのか。
選ばれし者を探す方法としては何とも途方のない手段だ。(笑)
映画を観ている全員がベル君が抜くことは分かっているし、ベル君が冒険に出ることは前提として誰もが分かっているし、期待している。
最も理解できないのはその過程をいたずらに複雑化して、遠まわりをしたことだ。
80分という限られた尺を序盤から無駄にしている印象が否めず、劇場で観ていた人たちは顔を歪めたに違いない。
アンタレス
引用元:©大森藤ノ/ワーナー・ブラザーズ/劇場版ダンまち製作委員会
槍を手にしたベル君はオラリオというダンジョンがある街を脱し、仲間と共に遠方にあるという「エルソス遺跡」を目指す。
そこには強力なモンスター「アンタレス」がいて、どんなに強い冒険者も太刀打ちできないほど強いという。
そしてそのアンタレスを倒すことができる唯一の武器こそ、ベル君が託された「オリオンの槍」というわけだ。
ご都合的だがこれでいい。これはベル君が活躍する物語なのだから。
しかし同時に、この作品最大の欠点が浮き彫りとなる。
それは「ラストの展開が予想出来てしまう」ということ。
選ばれた者にしか抜けない槍を抜いて、その槍でしか倒せないモンスターがいて…
となればラストは「ベル君がそのモンスターを槍で倒して終わる」ということが、この段階で分かってしまうというわけだ。
中盤の序盤。
比較的早い段階でラストの展開が分かってしまうと、その後の展開はとにかく退屈になってしまう。
そうなると今度は、観客が退屈しないようなストーリーをいかに構築していくかという勝負になってくる。
しかしその勝負も…
淡泊
引用元:©大森藤ノ/ワーナー・ブラザーズ/劇場版ダンまち製作委員会
「槍こそがラスボスを倒すことができる唯一の武器」だと判明してからが見せ場だ。
しかし結論から言うと、最後まで盛り上がる場面はなかった。
だらだらとドラゴンの背中に乗って遺跡までの旅をし、到着するまでに映画の約4分の1の時間を消費している。
そこに何らかのストーリー・キャラに深みを与える事象があればいいが、何もない。
唯一あったとすれば、ヘルメスとアルテミスが話した「槍でしかアンタレスは倒せない」という事実のみだ。
それ以外のシーンでは沐浴する女子を覗こうとしてボコられたり、ヘスティアとアルテミスが旧交を温めるやり取りがあったり、それ自体で見ると意義のあるシーンのようにも思えるが、ストーリーに影響を与えたとは思えない。
繰り返すが、映画はアニメと違って尺が短い。
この映画の場合は80分。
その中にダンまちの面白さを詰め込もうとしたときに、お色気シーンはまだしも、食事シーンや沐浴シーンなど必要だっただろうか?
ラストの展開は視聴者全員が既に察しがついている状態で、だ。
中盤の展開を丸ごと抜いても映画として成り立つほど、間延びが酷く、淡泊で、ダンまちらしさに欠ける映画だった。
感情の伴わないラスト
引用元:©大森藤ノ/ワーナー・ブラザーズ/劇場版ダンまち製作委員会
情報を出し切って迎えたラスト。
後はベル君が華麗に敵を倒すだけだ。
もちろん逆境も用意しなければダンまちではないし、ストーリーとして成り立たない。
ダンまちという作品はベル君が逆境から立ち上がり、英雄を目指して努力をする物語だ。
その過程でヒロインを助けて惚れられたり、周りに認められたり。
そういうベル君が観たくて大好きで応援したくて、この映画を観た人は数多くいたはずだ。
しかし、ラストはその期待に叶うレベルではなかったと言わざるを得ない。
槍でラスボスを倒すという事実を中盤で明かしたことで、ラストまでの展開をどう盛り上げるかに注目していた。
だが、一向に盛り上がらないままラストを迎えてしまった。
確かにベル君はあまりの敵の強大さに、アルテミスを失った悲しみも加わって膝を折ってしまう。
「諦めるか、立ち上がるか」の岐路に立つ。これこそベル君が強くなる物語に必要な場面だ。
しかしその後ヘスティアの言葉であっさり立ち上がると、アンタレスに槍を突き刺してトドメを刺す。
全て筋書き通り。何のサプライズもない展開だ。
序盤・中盤・終盤。
どこを切り取っても退屈そのもので、果たして1,200円も払って観る価値のある映画だったのか…
私はdアニメストアで見逃し配信を観たからまだいいが、ウキウキしながら劇場へ足を運んだファンが不憫でならない。
総評:ただただ退屈
引用元:©大森藤ノ/ワーナー・ブラザーズ/劇場版ダンまち製作委員会
この映画を一言で表現するなら「退屈」だ。
ダンまちが世間で「面白いアニメ」という評価を得た理由。
それは「ベル君が英雄を目指して頑張る姿」に心を打たれた人が大勢いるからだ。
「弱い冒険者が英雄を目指して這い上がる」というコンセプトは王道中の王道だが、そんなことは気にならないほど、真っすぐでひたむきで健気で。
そんなベル君を思わず応援せずにはいられない。それがダンまちという作品だったはずだ。
しかしこの映画にはダンまちらしさは微塵も感じられない。
ベル君が英雄を目指して戦う作品のように見えるが、そうではない。
この映画のベル君は能動的に行動していない。
槍を偶然抜いてしまったことで超強力な敵と戦うことになった。巻き込まれた。
根本からベル君が英雄を目指すお話として成立していない。
目標に至る過程で立ちふさがる対立の相手も、最強と呼ばれる剣姫・ヴァレンシュタインでさえも叶わないほどの強大な敵。
一気にインフレが進んでしまっている。
この映画の時系列は1期と2期の間だ。
1期の終わりで確かにベル君は強敵を倒したが、ヴァレンシュタインを超えるほど強くなったわけではない。
最強と呼ばれるまでには、まだまだ越えなければならない山がたくさんある。
そんな「最強」でも叶わないというアンタレス。
本来ならば苦労して血反吐を吐いて、長い時間をかけて強くなった末に倒すべき相手だ。
その相手を槍の一突きで倒す。なんとも滑稽な話だ。
感情的インパクトに欠けた原因として、アルテミスという存在を引き立たせることに失敗したことも挙げられる。
映画限定のオリジナルキャラで、ヘスティアとは親友の間柄で、ベル君にも密かに思いを寄せているという設定だ。
実はラストのシーンでアルテミスは既に死んでおり、ベル君たちと行動していたアルテミスは残留思念で、本体ではないことが判明する。
どんでん返しとしては十分インパクトがある展開だ。
序盤から中盤にかけたお膳立てで、アルテミスの性格が変わっていることから、本来のアルテミスでないことはそれとなく匂わせていた。
そしてラストで「実は死んでいた」という事実が明らかになる。
構成としては申し分ない。
しかし問題はそこに感情が伴わないこと。
アルテミスが尊い存在、ベル君にとって大切な存在であったならば、もっと感情を入れ込むことはできただろう。
中盤でヘスティアやベル君との繋がりを作ろうという試みはあったが、今一つキャラ付けが弱いままクライマックスを迎えてしまった。
結果、クライマックスのお涙頂戴シーンでも全く感動できず。
他のシーンを削って、もう少しアルテミスという神について、そしてアルテミスと周りの関係性について深く掘り下げる必要があった。
ダンまちらしさもなく、作品としての体を成しているとも思えない。
終始退屈だったと総括するしかない。
個人的な感想:期待外れ
引用元:©大森藤ノ/ワーナー・ブラザーズ/劇場版ダンまち製作委員会
酷評しかしていないが、ダンまちは好きな作品だ。
英雄を目指す主人公。魅力的なヒロイン。
憧れ。努力。困難。挫折。
挫折を繰り返して強くなるベル君を、私たちは自然と応援してしまう、そんな作品だ。
しかし期待外れも甚だしい。
なんともお粗末な映画だった。
映画の公開情報は以下の通り👇
・公開は2019年2月15日
・スクリーン:65
・興行収入:2.22億(2019年3月下旬時点)
スクリーン数が65というのはアニメの劇場版では十分な数だ。
劇場版アニメの制作費は1~3億円程度と言われている。
だが興収は2.2億円に留まっており、制作費を回収できたとは言い難い。
映画館で観た勢も酷評に次ぐ酷評らしく、散々たる結果に終わってしまった。
ちなみにこの映画で脚本を務めたのは原作者の大森藤ノ先生。
原作者自ら筆をとったというのに、何故こんな内容になってしまったのか…
多忙の中で疲労がたまっていて、筆が思ったように乗らなかった結果だと信じたい。(笑)
作画のクオリティは言わずもがなで、製作委員会に出資できるほどの資金力を持ったJ.C.STAFFが制作を担っている時点で、崩れる心配は最初からない。
しかし肝心のストーリーがこれでは、観客を満足させることはできない。
どんなにキャラが可愛くても、アクションの迫力があっても、緊張感や期待感を煽れなければ観客の心には何も残らない。
原作者に脚本を任せたのはいいが、上がってきた脚本を見て他のスタッフは何も思わなかったのか…
改めて原作ありきの劇場版を作る難しさを痛感した。
もしかしたら「1期と2期の間のタイミングでダンまちを映画化する」という企画の段階で間違っていたのかもしれない。
既に2期の放送が決まっていて、そちらのストーリーも意識しながら物語を構築していく必要があったし、1期と同じような展開でも飽きられてしまう。
新規のファンも獲得しつつ、既存のファンも満足させて2期への流れを作ることができれば成功だったが、残念ながら失敗に終わってしまった。
しかし、劇場版が失敗してもなお作品のパワーは健在で、これからもファンは増えていくだろう。
ダンまちが好きで、ストーリーを度外視して観られる人にはオススメの作品だ。