(61点)全12話
動物たちが通う学園の日々を描いた青春ファンタジーアニメ
ストーリー | |
作画 | |
面白い | |
総合評価 | (61点) |
完走難易度 | 普通 |
原作は山下 文吾先生。
監督は博史池畠さん。
制作はStudio五組。
学園
© 山下文吾・Cygames/アニメ「群れなせ!シートン学園」製作委員会
擬人化した動物が通う学園での日常を描いた青春ファンタジーアニメ。
そんな獣だらけの学園に入学する人間の主人公とヒロイン。一匹のオオカミの少女との出会いからストーリーが動いていく。
見渡す限りの動物たち。そこに紛れる人間2人。異様な光景だ。(笑)
タイトルにもある通り動物は「群れ」を作る。学園でも群れや現実と同じようなカーストが存在し、オオカミ少女は群れを作れていない文字通り「一匹狼」状態。
そんな一匹狼が主人公と出会い、獣嫌いで最初はオオカミ少女を遠ざけていた主人公が、オオカミ少女の内面を知ることで「群れ」となるのが1話の内容だ。
動物の習性というところを忠実に再現している。この動物は何科に属するとか、こういうときにこういう行動をとるとか、実際の動物とリンクしつつ、上手くストーリーとして落とし込んでいるという印象だ。
ヒロインが熊に襲われたときに、怯まずに自分より強い敵に向かっていくオオカミ少女。
玄田さんの渋いナレーションによると、実際のオオカミも群れを成している時に限って、格上の相手に果敢に挑む習性があるらしい。(笑)
結局熊を撃退することはできないのだが、最終的に「ティラノサウルス」の先生が助けに入って熊は一目散に逃げる。そうした弱肉強食の関係もリアルだ。
癖はあるが、「友情」が軸になったストーリーに動物の習性を上手くはめ込んでいるから面白い。
どうでもいいが獣だけの学園かと思いきや、教師にティラノサウルスがいたり、校長がアノマロカリスだったりで統一感がない。(笑) そこらへんは適当なのだろう。(笑)
主人公とヒロインには恋の予感が漂っている。恋愛あり。ケモミミあり。バトルあり。友情あり。詰め込めるだけ詰め込んだ作品という感じだ。
群れ
© 山下文吾・Cygames/アニメ「群れなせ!シートン学園」製作委員会
主人公とヒロインが新しく料理部を立ち上げることで「群れ」は拡大していく。
コアラや猫やナマケモノなど、新しい動物が続々と入部することで、主人公が求める平穏な暮らしがどんどん遠のいていく。
主人公は動物との群れを本来は嫌う。それは過去に動物に滅多打ちにされた経験があるから。
しかし動物と触れ合い、過去や優しさに触れることで徐々に主人公の心境にも変化が生まれていく。
大きなテーマとして一貫してあるのは「異種族間の繋がり」だ。種類の違う動物同士は分かり合うことはできない。それは主人公の信条そのものだ。
だが異種族間でも友情は生まれる。ということを各エピソードを通して上手く掘り下げている。
それは転じて「個性」を認めるということにも繋がるかもしれない。
同じ人間同士にしてみても、それぞれ違うものを持っているが、その個性を認めることが絆を生む。そんなメッセージが込められているかもしれない。
話のテンポも良い。群れが拡大したことによる変化が続けざまに起きたり、動物の様々な習性がトラブルやギャグに繋がったりで、場面の入れ替わりも早い。
少し人を選ぶような下ネタや際どい描写はある。(笑) そこを気にしなければ人を選ばない作品だ。
あからさま
© 山下文吾・Cygames/アニメ「群れなせ!シートン学園」製作委員会
主人公は過去のトラウマで動物を本能的に嫌っている。それはいい。
ただその気持ちを表現する方法があからさまで、気分を害するレベルなのが終始気になる。
主人公は動物に対して決して固有名で呼ぼうとしない。「くそ〇〇〇」と接頭語をつけて見下すように呼ぶ。どんな動物に対してもだ。
いくら何でもそれは酷い。頑張り屋さんのナマケモノが頑張りすぎて倒れたときも、主人公は「クソナマケモノ!」とご丁寧に罵倒している。雰囲気もあったもんじゃない。
中盤にして主人公の存在に疑問符が付き始めている。いつまでたっても動物を認めようとしない。
隙あらば部から追放しようとするし、肝心なところでは何の役にも立たないし、主人公らしいことをあまりしていない。
彼の鋭いツッコミがギャグを成立させている部分もあるとはいえ、主人公のポジジョンがつかみにくく、ストーリーの盛り上がりも連鎖的にイマイチになっている。
いくら動物が嫌いとはいえ、くそ呼ばわりはないだろう。どんなに動物が嫌いでも「クソ」と面と向かって呼ぶ人間などいるだろうか。それが主人公なのだから余計だ。
「じゃあなんで獣しかいない学園に入学したんですか?」という当たり前の質問しか浮かばない。まさか動物の学園しか存在しないということもないだろう。
彼の行動目的のほとんどはヒロインと接近すること。ヒロインの前でかっこつけることばかり考えている。ラブコメの主人公に好かれる要素がない典型的なパターンだ。
動物に振り回される不憫な「巻き込まれ系主人公」を演出したいのかもしれないが、中盤になってもどの系統の主人公なのかは全く判別がついていない。
あいまい
© 山下文吾・Cygames/アニメ「群れなせ!シートン学園」製作委員会
人間か動物か。その境目がところどころ曖昧だ。
本能的に行動するときもあれば、感情で行動するときもある。行動の指針が2つあるというのは、中々人間からすると共感しづらいものがある。
もちろん人間にも本能はある。だが動物の本能は人間のそれとは本質が異なり、文字通り感情が介在することなく、身体が勝手に動くのが動物の本能だ。
例えば、この作品に登場するライオンのオスは、好きな草食動物の女の子が「発情期じゃないから」と自分を拒んでも、ずっと遠くから見守り続け、暴漢に襲われたときも颯爽と助けるなど、決して無理やり自分のものにしようとはせず、理性的に「待つ」ということが出来ている。
そんな理性的な一面を持つ百獣の王・ライオンが、待ちに待った好きな相手が発情期だと知るや、一目散に茂みに彼女を連れ込んで、「すぐ済むから」と一方的に事を済まそうとする。
それほど我慢をしていたということだろうが、本能を解放するトリガーがどこにあったのか。
そもそも別に彼女とそういった行為をしたがっているという描写はなく、動機も含めてどうも曖昧になっている。
幽霊部員の猫にしても、登場シーンで饒舌だったはずなのに、初対面のパンタの前ではまんま猫の習性を発揮している。
どっちかというキャラクターの気持ちよりも、動物の知られざる「習性」を紹介することに重きを置いているように見える。
目的を達成するための行動。行動の指針となる感情。
それらの辻褄を合わせることよりも、1つでも多くの動物の特性を混ぜ込むことに躍起になっているようだ。個人的には「そっちの方向に走ったか」という残念な気持ちだ。
正直動物のうんちくなど調べればいくらでも出てくるし、バラエティでもできることだ。アニメはうんちくを見せびらかす場ではない。
人間の感情と動物の習性。そこには決定的な溝がある。
その2つの特性を合体させて1つの個体として表現する難しさはもちろんあるが、せめて本能と感情の区切りはつけて欲しかったところだ。
総評:中毒性
© 山下文吾・Cygames/アニメ「群れなせ!シートン学園」製作委員会
いわゆる電波なOPテーマから始まり、擬人化した動物たちがわんさか登場し、いろんな動物のいろんな習性によってトラブルが起こり、それに人間の主人公が巻き込まれていく。
謎の中毒性がある作品だ。こう言ってはなんだが、別にストーリーが超絶面白いわけではない。
他のアニメだったら飽きが来てもおかしくないところだが、不思議と中毒性がある作品になっている。
おそらくだが、様々な動物が登場するというところが肝だろう。狭いコミュニティでお互いの絆や友情などを描くのではなく、12話という尺を使って様々な動物を紹介するような物語になっている。
その動物の身体的特徴だったり習性だったり。それらは検索すれば出てくるものでもあるが、普段触れ合うことのない知識なので、思わずへーと思いながら観てしまう。だから新鮮味が薄れない。
それぞれの動物に個性があり、自分勝手に本能のままに行動するから、その動物園のようなハチャメチャ感も不思議と病みつきになる。
使い捨てのような扱いのキャラもいない。群れに加わる動物もそうでない動物も何回かに分けて出番があり、学園の一体感みたいなものも感じる。
しかしいかんせん、柱となる主人公に難がある。彼は動物が嫌いだ。
なぜ動物しかいない学園を選んだのかがまず不明だが、彼はその「嫌い」という態度を前面に出し、終始嫌そうに接するし、名前にクソとつける徹底ぶり。
何なら動物と人間の架け橋となるべき主人公が、一番種族間の繋がりを否定している。
どんなに動物の素晴らしい内面を見ても、全く考えを改めようとしない。不必要な頑固さも持ち合わせているから質が悪い。
主人公のポジションが分からない。架け橋にもならない。別に活躍もしない。何かになろうともしない。常にヒロインのことしか頭にない。
唯一動物を極端に嫌っている、ということくらいしか分からない。むしろこの作品にいてはいけない存在のようにも思える。
後は、動物の「本能」と「感情」の部分の棲み分けがあいまいなところが散見される。
あるときは本能に従う行動を見せ、ある時は人間に近いような感情に基づいた行動をとる。気にしないようにしても、人間からしたら「気持ち悪さ」はある。
同じ人間として共感しようにも、動物の「異質な」習性を見てしまうと、どうしても感情移入することができない。
他の擬人化した動物が登場するアニメを思い出して欲しい。「BEASTERS」にしても「けものフレンズ」にしても、人間に限りなく近い感情豊かな生物として描かれていることが多い。
もちろん観ている私たちは全員人間なので、人間の思考や感情に基づいた行動でないと共感はできない。逆らえない本能など人間にはない。
そこでギャップが生まれてしまっている。そのギャップは覚悟の上で、それでも動物の習性を紹介するという意味合いを込めて作ったのかもしれないが、真実は分からない。
正直動物の本能や習性などは、図鑑やバラエティで知っている人も多いだろうし、アニメに求めているのはそこではない感は否めない。
ストーリーとして見たときに、「群れ」人間で言うところの「友情」にスポットが当たるシーンはあるにはあるが、それぞれが点に過ぎず、一本の線にはなっていない。
その点を線にするのが主人公なのかヒロインなのか、グループなのか。
一番分かりやすいのが主人公だが、彼は動物しかいない学園に入学しておいて動物が嫌い、という矛盾だらけのキャラなのでそもそも動かせない。(笑)
ストーリーではなく動物図鑑として、そしてキャラクターの可愛さを楽しむ分には気にならないアニメという感じだ。
オオカミ少女のランカを演じた木野さんの演技も、可愛さの中にオオカミの荒々しさだったり、彼女が本来持つ寂しがりな本能の部分が上手くマッチした魅力的なキャラを作っている。
ヒロインを演じた宮本さんも、やはり天性のヒロイン声を持っているうちの1人だ。彼女の耳が溶けるような優しい声は癒し成分がMAXだ。
ナレーションの玄田さんの安定感も抜群だ。(笑) どうしても某筋肉アニメが最初に思い浮かんでしまうが。(笑)
「もう少しこうすればよかったんじゃないかな…」という箇所はいくつかあったが、全体的に独創性があって、動物が入り乱れるわちゃわちゃ具合が癖になる作品だ。
雑感:主人公?
© 山下文吾・Cygames/アニメ「群れなせ!シートン学園」製作委員会
主人公が主人公をしていればもっと良くなっているのは間違いない。
最初は良い。動物嫌いなのにオオカミ少女を助けに入るシーンは、嫌いと言いつつ助ける「ツンデレ」的な優しさも見えて、憎めない魅力というのを感じられた。
だが一向に彼の動物嫌いは治らない。10話になってもなお、オオカミ少女に面と向かって「嫌い」と言い、泣かせる始末。筋金入りというより、もはやめんどくさい。(笑)
最終的には上手くまとめた感が出ているが、主人公が嫌いから好きになる過程など見たくない。
主人公はむしろ動物が嫌いな人を「変える」側だろう。考えてもみれば、動物が嫌いなのに動物の学園に入学した時点で詰みだ。
もし冒頭で好きに転換したとしても、「本当に嫌いだったの?」と薄っぺらい人間になるし、最終的に好きになったとしても遅いし、「違う、そうじゃない」感が強い。
見たいのは主人公が動物嫌いから好きになる過程などではない。異種族間の架け橋となり、学園の在り方を劇的に変えていく立ち振る舞いではないだろうか。
そりゃあギャグアニメだから、そういった学園サスペンス的な展開は望むべくもないが、多少腕っぷしが強い位はあってもバチは当たらないだろう。
終始主人公がつかめないアニメだった。個性あふれるキャラクターがいただけに、もったいない作品だった。
いろいろと物足りなさはあるが、ケモミミ特有の癒しはあるので、興味がある人はぜひ観てみて欲しい。