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【2020アニメ】「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」アニメレビュー

(81点)全12話

 「俺ガイル」は、渡航さん作、ぽんかん(8)さんイラストのガガガ文庫(小学館)のライトノベル。友人のいない“ぼっち”生活を続けていた高校生の主人公・比企谷八幡が、完璧美少女・雪ノ下雪乃が部長を務める奉仕部に入部し、生徒の悩みを解決するボランティアを始める……というラブコメディー。TVアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」公式サイト

ボッチ高校生が主人公の学園ラブコメディ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (81点)
完走難易度 易しい

原作は渡航先生。

監督は及川智さん。

制作はfeel.。

俺ガイル

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

有名な学園ラブコメディの第3期。

2期放送から少々期間が空いており、実に5年ぶりの続編となる今作。

観たことがないにしても、名前くらいは聞いたことがある人がほとんどではないだろうか。それくらい界隈では有名なアニメである。

有名になったきっかけは他でもない主人公の特徴的な性格と心理。

主人公というのは本来一番目立つべき存在で、いついかなる時でもスポットライトを浴びるようなヒーローが鉄板となっている。

しかしこの「俺ガイル」の主人公・比企谷八幡はいわゆる「ボッチ」で「陰キャ」な高校生だ。

クラスでは目立たない存在の筆頭で、独りでいることを好み、クラスメイトからは名前どころか存在さえも認知されていない。そんな主人公だ。

そのあまりに斬新すぎる主人公像が話題を呼び、数多のイタイ自称ボッチが増加したほど、この作品がもたらした影響力は凄まじいものがあった。

あらすじを簡潔に説明すると、ボッチ高校生の八幡が、「奉仕部」という部活に強制的に入れられ、同じ部活のメンバー兼二大ヒロインでもある雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣と一緒に、生徒のあらゆる悩みに対処してくというストーリーになっている。

この3期ではタイトルで「完」と銘打っている通り、ついにこの12話でこの作品は完結となる。3年生のために企画した「プロム」が本筋となっており、最終的に3人の関係は…というところが見どころだ。

3期の世界観も1期2期と変わりはない。俺ガイルらしい感情を紐解く過程が丁寧に描かれている。

感情にとどまらず人生観や価値観など、生きる上で欠かせない様々な物事について、ときに真剣にときに冗談交じりに、そして時に人生の先輩や友達が主人公に説く。

わざわざ婉曲な言い回しで、キャラ同士の会話もモノローグも進んでいく。テーマを深め合って思考して、時にぶつかりあって不器用ながらも自分なりの答えを出していく。

衝動的に物事が進んでいく青春アニメとは一味違う。一般的な青春アニメは直感に委ねる方向性が多い。だが八幡たちは行動を起こすより先に理詰めで考える。

誰もが思いつくような答えや言い回しではなく、自分の考えたことを自分の言葉でぶつける。そこで初めて信頼が生まれ、友情や恋愛へ至る。

そこら辺の思考や掛け合いによる関係性の変化に、このアニメの唯一無二の特徴を見ることができる。「青春」というテーマについてあらゆる側面から描き出している作品だ。

それゆえに万人受けはしにくい。主人公がボッチだとなかなか作品に入りにくいという人もいるだろうし、小難しい表現が使われることが多いので、肌に合わない人も間違いなくいる。

青春を真正面から描いているので当然シリアスも多い。ほんわか平和なコメディが好きな人にも合わないかもしれない。

だが個人的には食わず嫌いはしてほしくない作品だ。それぞれのエピソードを通して青春とは。人生とは。友情とは。恋愛とは。兄妹姉妹とは。いろんな考え方を学ぶことができる。

そう、この作品はもはやアニメの域を超えている。(笑)もちろん他の作品が劣っているということではない。

「娯楽」としてのアニメを楽しむというよりかは、純文学を読むかのような心持ちで観る方がちょうど良いかもしれない。(笑)

その表現は全く誇張ではなく、アニメとは一線を置いた方が多分この作品は楽しめる。もちろん娯楽性が高い作品でもあるから、純粋なアニメ好きにもオススメだ。

プロム

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

3期ではプロムが柱となってストーリーが展開されている。

プロムとは「プロムナード」の略で、イギリスやアメリカの学校で、最後の年に開かれるフォーマルなダンスパーティーのこと。つまり社交ダンスだ。

そのプロムの開催に向けて生徒会が動き出し、最初はのけ者にされていた八幡も、みんな大好きいろはすの頼みで準備に参加することになる。

そこから準備期間を経て、最後に本番というのが3期の内容だ。

プロム開催までの道のりで訪れる危機。八幡の選択。

プロムの準備というイベントを通して3人の関係は大きく動き出す。4話の最後には大きな分岐点が訪れる。八幡の振り返りからのダッシュ。からの特殊END。

八幡の優しさ。安堵。そして彼が思いを寄せる真の相手まで。その行動1つにいろんな意味がある。2期までにはなかった関係の変化にも注目だ。

共依存

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

ゆきのんの姉が奉仕部の3人の関係性をこの言葉で表現する。

自分と特定の相手が依存状態にあることを指す言葉だ。

ヒッキーはガハマさんを頼り、ゆきのんがヒッキーを頼る。互いにもたれかかる関係性を姉はひどく嫌悪する。

彼女は2期あたりから、3人に何かとちょっかいを出してかき回す役どころだったが、3期でも健在で、水を差すようなことをいつも言う。(笑)

共依存というのはもちろん良い意味ではないし、高校生相手に使う場面というのは現実ではないのだが、なるほど言われてみれば、3人はお互いに「頼り頼られ」を良しとするなあなあの関係に見えなくもなかった。

借り物の言葉で取り繕い、本当の自分を隠す。そんな3人を見抜いた姉の存在と言葉があることでストーリーは進んでいき、3人の関係性にも変化が生まれる。

表現があまりに重すぎるし、20歳の女性が後輩相手に使う言葉ではないし、そもそも高校生に対して共依存という言葉は重すぎるしで、いろいろツッコミどころはある。

しかしお互いに頼り切りだった3人がいかにして共依存から抜け出し、自立していくか。そこにこの3期の面白さが詰まっている。

本物と偽物

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

2期の終盤で八幡は奉仕部のヒロイン2人に、「本物が欲しい」という自分の思いを打ち明ける。

本物とは読んで字のごとく。表面上だけの「友達」とか「仲間」とかいう陳腐な言葉で表現できる関係ではなく、真にお互いを理解し、心の底から思いあえて本音で語り合える関係。それが本物。

八幡はそれを望んでいる。もちろん八幡のセリフから勝手に推察した私の考えなので、正しいかどうかは知らないが。

偽物の関係は身近に溢れている。表面だけの薄っぺらい関係。本音をさらけ出せないなあなあの関係。心当たりは誰にでもあるはずだ。

このアニメはそこにスポットを当てている。姉の共依存という言葉にもある通り、頼ることで保てるような関係は偽物同然。

だから本物を手に入れるためにどうすれば良いのか。八幡は迷う。悩む。葛藤する。

そして自分なりの答えを出し、自分なりの方法で、自分なりの言葉で、本物を掴むために行動を起こす。

そこにこのアニメが伝えたい「青春」の形を私は見出している。

自分の気持ちに正直に。鉄は冷めないうちに打て。そんな早急で直感的な言葉が似合う「青春」だが、このアニメの青春はそんな言葉とは程遠い。

陳腐で上っ面だけの言葉には決して頼らない。熟考して葛藤して。

そうして不格好でも「自分」の答えを作り出す。そこにこのアニメの独自性があり、それこそが「俺ガイル」の面白さだと勝手に思っている。

普通の青春アニメとは間違いなく別物で、ひとくくりにするべきではない。というかできない。

本物を追いかけるための過程。偽物の言葉で簡単に済むようなシーンでも、決して偽物には頼らない。

それはひどく遠回りで、観ている側からしたら、じれったくイライラすることもある。

だがそういう青春があっても良い。直観で導き出したありきたりな答えよりも、じっくりと悩んで出した支離滅裂な答えの方が何倍も価値がある、こともある。正解・不正解は問題ではない。

八幡は自分の答えが正解かどうかを気にするが、そもそも青春に答えなんて存在しない。私は勝手にそう思っている。

「この状況でこの言葉を使えば、絶対に本心が伝わって、万事うまくいって、関係も滞りなく良好に…」そんな黄金の言葉は存在しない。

だからこそ悩んで、少し遠回りで理解しにくいような言葉でもって、八幡は陰キャなりに自分の思いを紡ぐ。悩んで出した答えには相応の重みがある。

本物を手に入れたいとか、そもそもヒロイン2人を相手にしている時点で「ボッチ」という概念は消えているのだが、そのツッコミはこの作品ではタブーなのでやめておこう。(笑)

青春の奥深さ。人間関係の奥深さ。言葉の奥深さ。難しいからこそ「悩む」という過程に価値が生まれる。

一言で簡潔にまとめて表現できるような作品ではない。

青春という奥深いテーマに対して、奥深い思考と言葉で向き合っている作品だ。

総評:間違いまくった青春

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

相変わらず間違いだらけの青春模様だった。

正解・不正解。合っている・間違っている。そういう評価基準で客観的に判断すれば、青春ラブコメにも関らず主人公がボッチ&陰キャで、一言簡単な言葉で伝えればいい場面でもわざわざ遠回りな表現で伝えようとするし、一言いえば済むシーンでもグダグダ引き延ばすし、青春をしているようには見えないシリアスの連続だしで、間違いなく間違っている。(笑)

でも間違っている青春を間違ったまま最後まで貫き通している。そこは俺ガイルらしいポイントで、最後までらしさを貫いているのは素晴らしい。

だがアニメとして評価するときには、俺ガイルにお似合いの言葉がどうしても浮かんでしまう。それは冗長だ。

この3期ではプロムという一大イベントに向けての準備が本筋となっている。だがその準備が一向に進まない。

企画の段階でPTAの会長的なポジションのマダムから「ダンスパーティーは学生らしくない」というクレームが入る。

そこまでは良い。邪魔が入ることで過程はさらに盛り上がるというモノ。

問題はその問題に向き合う尺の長さだ。八幡は共依存を嫌って手を出さずに、最終的に自分なりの答えとしてゆきのんと「対立」する道を選ぶ。

そこから本格的にプロジェクトを立ち上げ、メンバーを集め、HPまで作成して本気度を見せる。

だがその思惑がマダムにバレる。そこまでに3期の半分くらいの尺を使っている。

しかも結局最後は、八幡がジョーカーを切ることでマダムを言いくるめ、最終的にPTA側が折れる。結局は共依存を嫌った八幡が問題を解決することになる。

1つの側面から見ればそれは「ダラダラと尺を引き延ばした挙句、いつも通りに落ち着いた。6話分の意味がなかった」と捉えることもできる。

プロムを行うにはどうしたら良いのか悩み、対立するという道を選び、プロジェクトを立ち上げ、周りを巻き込んでHPまで作り、撮影や企画書まで作ったのに結局は八幡のカード1枚。

だったら最初にプロムを否定された段階でカードを切れ、と思うのはもっともだし、アニメ的に評価するなら間違いなくマイナス査定になる。

だが「過程に重きを置く」ところにこそ俺ガイルらしさがある。友情を得るという結果よりも、友情を得るまでの過程、そしてその友情の中身を大事にする。そんな俺ガイルだからこそ許される遠回りだ。

アニメ的には悪手でも、俺ガイルは許せてしまうところがある。それも青春の一部だと。

もちろん贔屓はしない。線引きはする。だが相変わらずめんどくさいことやってんな、と思えたというのは、このアニメが変わらないでいてくれた証拠でもある。

間違いまくっているから面白い。改めてこういう青春も悪くないと思える作品だった。

雑感:2020年の締めくくり

©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

まとめだから好き勝手に書かせてもらうが、この記事を書いているのは2020年の大みそか。

年の瀬に思い出深い「俺ガイル」という作品を観ることができて本当に良かった。ボッチな八幡に勇気をもらったことを私事ながら思い出してしまった。(笑)

俺ガイルもついに完結。5年待った甲斐があった。相変わらずめんどくさいほど真っすぐで、じれったいほど遠回りな青春アニメだった。もちろん褒め言葉だ。(笑)

最終的に落ち着くべきところに落ち着いたという感じだが、落ち着けたことを評価すべきで、決して負けヒロインが生まれてしまったことに、そしてその負けヒロインが自分の推しで、今も唇から血が出そうなほど悲しみを堪えているなんてことは、決してない。

なかなか原作を最後までアニメ化できることはない。3期36話。1期から足掛け7年という長い年月をかけて完結。感慨深いものがある。

自分にも世間にもいろいろ影響を及ぼした作品だし、青春というのをリアル以上にリアルに描いているのは、恐らくこの作品だけではないだろうか。

この「間違いだらけ」の青春アニメを一生忘れることはないだろう。まだ観たことがないという人は、1期から観ることを強くお勧めする。

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