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【2017アニメ】「終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」アニメレビュー

(87点)全12話

地上を正体不明の怪物である〈獣〉たちに蹂躙され、 人間を含む多くの種族が滅ぼされた後の世界。 かろうじて生き残った種族は地上を離れ、 浮遊大陸群レグル・エレと呼ばれる空飛ぶ群島の上に暮らしていた。 500年後の空の上で目覚めたヴィレム・クメシュは、守りたかったものを守れず、 それどころか自分一人だけが生き残ってしまった絶望から世捨て人のような生活を送っていたが、 思いもよらず始めた兵器管理の仕事の中で、ある少女たちと出会う。TVアニメ「終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」公式サイト

兵器として生きる妖精たちを描いたファンタジー×バトル×恋愛アニメ

兵器として生きる妖精たちが、主人公との出会いで生きる意味を見つけていく。

原作は枯野瑛先生。

監督は和田純一さん。

アニメ制作は「サテライト」「C2C」の共同制作。

妖精

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

妖精はこの作品の重要なワードだ。

この「すかすか」という作品では、妖精は羽が生えた小さい生き物ではない。

見た目は人間そっくりで、普通に日常を平和に暮らす彼女たちは思考も行動も人間そのもの。

しかし彼女たちには人並みの幸せを得ることは許されてはいない。

彼女たちは妖精であり、同時に兵器としての役割も担っている。

彼女たち自身もそれが当たり前になっている。

「戦場で生きて戦場で死ぬ」

幼い頃は生への頓着が全くなく、誰かが死ぬほどの大怪我をしても心配する素振りもない。

そんな彼女たちがどう生きて、どう死ぬのか。

作品を通したテーマとして描かれていた。

vs獣

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

妖精との対立軸として描かれているのがこの「獣」だ。

この作品における獣は、他の作品でいう獣とは少し違う。

獣と言うよりも「化物」に近い。

獣に自我はなく、妖精を殺す高尚な目的も何もない。

ただ向かってくる敵を殺すためだけに生きている。

地上を完全に支配した獣は人間を絶滅させ(主人公が唯一の生き残り)、その結果多様な種族が空での暮らしを余儀なくされている。

彼女たち妖精はそんな「獣」と戦うために地上に送られ、戦場で命がけで戦い、死ぬ運命を背負っている。

聖剣を使って獣を倒すことができるのは、聖剣を人間と同じように使うことができる「妖精」だけなのだ。

なんとも悲しい運命。

獣との対立で見えてくるのは妖精も「生きて」いて、感情もあり、彼女たちにも人生を歩む権利があるということだ。

死ぬことが運命づけられた妖精たちと、彼女たちを大切に想い、家族のように愛する主人公。

独創的な世界観と、キャラへの共感。

没入感が凄まじい作品だ。

日常

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

この作品は獣と戦っている描写のみに占められているわけではない。

むしろバトルの描写はラストを除けば少なめになっている。

少し日常シーンが多すぎてダレてしまう場面もなくはなかったが、日常シーンが多く入っていることで彼女たちの「生」を実感できる。

人間と全く変わらない行動様式に、人間と変わらない喜怒哀楽の感情。

とてもじゃないが、彼女たちが死へ向かっているという印象は受けられない。

だからこそ、日常シーンを多く入れ込むことで感情の起伏を誘うことができる。

バトルシーンを多く入れてせわしなく戦いに挑む彼女たちよりも、当たり前の日常を生きている彼女たちを見てしまえば、死地へ送ることなど到底許せなくなる。

この作品が他のファンタジー系の作品よりも感動できるのは、この日常シーンとシリアスシーンの落差とバランスによるところが大きいのは間違いない。

戦い

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

日常シーンの平和な気持ちから一転、シリアスシーンで彼女たちが戦う運命にあるという「現実」を否応でも思い知る。

主人公のヴィレムとヒロインのクトリ。

2人は街で初めて会ってからお互いに惹かれあう関係。

ヴィレムは当然クトリを死なせることなど選択肢になく、彼女が5日後に戦場で自爆する作戦を請け負ったことを聞いた後でも、何とか死なないで済む方法を模索していた。

クトリもいろんな初めてを教えてくれたヴィレムに感謝をしていて、淡い恋心を抱いている。

しかし万事うまくいく恋愛など現実にもファンタジーにも存在しない。

別離。

ヴィレムとクトリは何度も離ればなれになり、二度と会えないかもしれないという恐怖を味わう。

しかし必ず「また会う」約束を守り、再会する。

再会シーンは涙なしには語れない。

浸食

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

彼女たちの命は永遠ではない。

魔力を使い過ぎると「人格崩壊」という代償を支払うことになる。

前世の人格に元の人格が侵食され、完全に別の個体となってしまうのだ。

戦うために生まれ、戦場で死ぬか、死ななくても前世の記憶に侵食されてしまう。

これほどの業を背負った彼女たちに感情移入しない人など存在しない。

そんな僕たちの代弁者となるのが主人公のヴィレムだ。

彼というレンズを通して私たちは妖精の人生を垣間見ることができる。

彼女たちの運命を知りヴィレムが悲しめば私たちも悲しみ、彼が笑顔になれば私たちも笑顔になり、彼がクトリとの別れに悲しめば私たちも悲しむ。

主人公が作品を引っ張る役割を果たしていることにも注目したい。

妖精たちを家族のように愛し、クトリを恋人として愛し、命を懸けて守る。

準勇者として圧倒的な力を持ちながら、誰かを愛する心、恐怖で震える姿など、人間味あふれるキャラで共感せずにはいられない素晴らしいキャラクターだった。

ファンタジーと恋愛を扱ったアニメで、ここまで万人に愛される主人公というのは、かなり珍しいのではないだろうか。

幸せ

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

幸せとは何か。

この作品のテーマそのものでもある。

誰かを愛し、愛されることで得られる幸せ。

クトリにとっての幸せとはまさに、ヴィレムと共に過ごした日々の中で得た「好き」という感情。

詳しい内容に触れるのはこの段階では避けるが、最後のシーンで彼女は「世界一幸せだった」と言う。

幸せとは自分が決めることであり、一人の幸せがみんなの幸せにはなりえない。

そういった強いメッセージ性を12話を通してヒシヒシと感じることができた。

総評:壮大な「愛」の物語

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

世界のために戦う妖精たち。

見た目は人間と変わりなく、死霊に近い存在だが感情も持っているし、血も流れる。

そんな兵器として生まれた彼女たちを家族のように愛するヴィレム。

クトリという少女に恋をし、クトリもヴィレムを心から愛する。

「世界の救済」と「愛」。

この2つを秤にかけた壮大な愛の物語。それがこの「すかすか」という作品だ。

世界設定やコンセプトは既視感しかない。

しかしそこには他の作品にはない「感情へ訴えかける力」がある。

主人公のヴィレムが妖精を、家族を守るために行動を起こし、誰かを愛する気持ちによって喜び、悲しみ、少年のように照れ、笑う。

欠点だらけのキャラで完璧とは言えないが、それでいい。

そんなひたむきで一生懸命なヴィレムが命を懸けて愛するクトリも、面倒見が良くて一生懸命で、恋愛に関してはウブな一面もあって。

どのキャラも非常に魅力的に描かれていて、日常シーンもシリアスシーンも、キャラを深めるための要素をしっかり含んでいた。

情報を上手くお膳立てして、徐々に答え合わせをしていき、最後に伏線を一気に回収する構成も見事。

ただ全体の脚本レベルから言うと、100点満点をつけるわけにはいかない。

途中で出て来たヴィレムと旧知の大賢者という老人との対立。

彼はなんと妖精の創造主で、獣を地上から排除することを目的としていることが中盤で明らかになる。

妖精に対する見解の相違でヴィレムとは仲たがいをすることになったが、その後の目立った出番はなし。

尺の都合上、対立の結果までは描けなかったことは理解できるが、中途半端な要素を残すべきではないと私は思う。

細かいところをさらに指摘すると、獣の正体について。

獣が人間から生まれたとヴィレムが気づくわけだが、それを明らかにする描写がない。

回想まで使って種明かしをした割には、それと分かるシーンがその後になく、何となく腑に落ちない。

獣と人間の顔がダブる様な演出があると、より感情に訴えるシーンになったかもしれない。

OVAで補填できればいいが、1期から3年経っていること、綺麗に終わっていることを考えれば望み薄。

これらの不明点が残ってしまったのが残念だ。

ただ全体的な脚本や作画のレベルは非常に高く保たれていたように思う。

日常シーンを多く入れ込むことで、より妖精への感情移入がしやすいような工夫も見られたし、ただのファンタジー恋愛アニメとは一線を画す「感動」がそこにはあった。

日常シーンでもバトルシーンでも作画が崩れそうな場面というのはほとんどなく、終始安定していたと思うし、作品の緊迫感をしっかり保てていた。

ファンタジーと恋愛を絡めた作品の中では、間違いなく上位に来る作品だ。

個人的な感想:心が洗われた【ネタバレ注意】

引用元:©枯野瑛・KADOKAWA/68番島・妖精倉庫

ここで作品の根幹を表すネタバレをすることをお許し願いたい。

レビューを書くからにはネタバレを全くしないというのは不可能なのだ。

それは置いておいて、久しぶりに心が洗われた気分だ。

私情で申し訳ないが、テレワークで疲れ切っていたところでこのアニメを観ることができたので、身体の隅々まで生まれ変わったかのようなカタルシスを感じている。(笑)

このアニメを観た人は知っていると思うが、望んだようなエンディングでは正直ない。

私はこの手のエンドをこう呼んでいる「グッド・バッドエンド」と。

主人公が勝って終わるタイプのお話ではなく、モヤモヤが残る、喪失感を感じてしまう類のアニメだ。

もちろん最後はヴィレムとクトリが再会をし、笑顔で終わることを視聴者全員が望んでいた。

しかしこのアニメはこれで良かったと私は思う。

報われない願い。

クトリが最後に言い残したように、ヴィレムと一緒に過ごした時間を彼女が幸せと思うなら、彼女の人生は幸せだったのだ。

悲しい最後にはなってしまったが、後味は悪くないと思えるのはそれが理由だ。

伏線が徐々に回収されていき、アクションも徐々に派手になっていき、緊迫感や期待感がクライマックスに向かって高まっていく構成も見事と言う他ない。

少し分かりくい箇所もあったが、ここまで作り込まれた世界設定があって、精一杯生きる魅力的なキャラがいて、心の底から愛し合う男女がいて。

正直ずるいと思ってしまう。

各話で脚本を務めた原作者以外の3人の方も、きっと原作を読んで作品に入り込んでしまっただろう。

そして、相当なプレッシャーを感じながら執筆作業を行ったに違いない。(笑)

王道か邪道かで括るとしたら、このアニメは間違いなく、テーマもコンセプトも王道と言える。

しかし飽き飽きしてしまう王道ではなく、視聴者を感動の渦に巻き込んでしまう王道だ。

別離と再会。愛。幸せ。生きることの意味。

尊い感情だけがそこにはあり、「終末」感は微塵もない。

死に向かっていても今を大切にして、愛する人と寄り添って生きる。

大切な人がいる。愛する人がいる。幸せを感じられない。幸せを感じたい。

そんな人達の心の深いところに必ず何かをもたらす作品だ。

アニメ「終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」を観るには?

「終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?」は

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