2012年

【2012アニメ】「TARI TARI」アニメレビュー





(91点)全13話

大人と呼ぶには幼く、でも自分たちはもう子供ではないと思っている高校生。 ある日を境に音楽から離れた坂井和奏。歌うことを諦めきれない宮本来夏。親友のために力を貸す沖田紗羽。笑ったり喧嘩したり悩んだり恋をしたり・・・・・・。ありふれた日常を送りつつ、少しずつ少しずつ前に進む少女達。時には回り道をしながら、ひとりでは無理かもしれないけれど親友がいればいつかきっと–。和奏、来夏、紗羽そして彼女達の奏でるアンサンブルが、音楽の力が小さくも煌びやかな物語を紡ぎ出す。 高校生活最後の夏。それは夢を諦めるにはまだ早い季節 江の島に響く歌声が今日も僕らを勇気付ける。TVアニメ「TARI TARI」公式サイト




歌に青春を捧げる高校生を描いた青春群像劇

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (91点)
完走難易度 超易しい

P.A.WORKS制作によるオリジナルアニメ。

監督は橋本昌和さん。

合唱

(c)tari tari project

合唱に青春をかける高校生の物語。

とある女の子が声楽部を辞めたことをきっかけに、5人の高校生が運命で引かれ合い、合唱の魅力に憑りつかれていく。

真っすぐな青春の香りのする作品だ。1年前の失敗を理由に、歌うことを許されない女の子。

顧問の先生に反発し、「歌えないのなら辞めてやる!」と啖呵を切る。私事にはなるが、自分も全く同じ経験をしているので、ものすごく共感してしまう。(笑)

大人の都合やたった一度の失敗を理由に不当な扱いを受ける。自分のしたいことや夢を阻む大人の存在。

他のキャラクターも青春アニメならではの境遇に置かれている。

新しく転校してきた帰国子女の男の子。バドミントンに打ち込む男の子。騎手を目指す女の子。何らかのトラウマから歌うことを辞めた女の子。

失敗。挫折。夢。努力。葛藤。出会い。

初期のポジションがそれぞれ青春アニメらしい配置になっており、見たまんまの王道青春モノという感じだ。

1話で印象的だったのは声楽部を辞めた女の子(来夏)が、歌うことにトラウマを抱える女の子(和奏)を、新しく設立しようとしている合唱部に勧誘しようとするシーンでのこと。

来夏は和奏に歌うことの意味を問われる。なぜ歌うのか。来夏は楽しいからと答える。それに対して和奏は「楽しく歌いたいならカラオケでも行けばいいでしょ」と言い返す。

確かにそうだ。歌うことは別に合唱部でなくても出来る。このセリフはあらゆる人の心に刺さる言葉ではないだろうか。

なぜ~するのか。普段何気なく続けていることをこの言葉に当てはめてみると、意外と定まった答えは見つからない。

「そんなん好きだからに決まってんじゃん」と結論付けるのは簡単だ。しかもそれはシンプルかつ、最も真理に近いと経験上私は考えている。

しかしそれでは深みに欠け、動機付けとしてはあまりに弱い。どのくらい好きなのか。なぜ好きなのか。時間をかける意味があるのか。

好きというのをさらに掘り進めることで、より奥深い動機付けへと昇華させることができる。

来夏は和奏の鋭い指摘に対して、とっさに「後悔したくないから!」と、立ち去る和奏の背中越しに叫んでいる。

一度きりしかない高校最後の夏。「今」だからこその経験。一生懸命仲間と一緒に歌ったという思い出は今しか作れない。そういった思いがこのセリフには籠っているだろう。

まさに青春。眩しすぎる青春。だが自分には関係ない「高校生の青春」でありながらも、自分の過去や将来と照らし合わせて共感できるような作品でもある。

楽しい

(c)tari tari project

「楽しい」という感情はあらゆるものの根源だ。

楽しいが人を動かし、人間は楽しいことを自然と継続するように出来ている。

前述した通り、来夏は楽しい気持ちを第一に歌うことに向かい合っている。歌いたいから声楽部を退部し、合唱部まで作り、駅前の人が多い場所でも歌うことに抵抗がない程、歌うことが好きだ。

だがその姿勢に対して、元顧問の先生だった教頭が核心を突く言葉を投げかける。

「楽しむことと楽しませること。その両立、あなたに出来はしません。」

先生は完全に間違ったことを言っていないから厄介だ。真っ向から子供の夢を邪魔するような存在ではなく、子供に現実を見せる立場として的確な言葉を次々と吐いてくる。

自分が楽しい=他人も楽しい。

これが簡単に両立できれば、どれほど幸せなことか。しかし大抵の場合は、自分が楽しいと思って続けていることでも、他人からすれば全く興味が湧かないことだったりする。

まさにこのブログがそうかもしれない。(笑) かれこれ3年くらい続けているが、PVの成長率は全く変わらないし、このレビュー記事だって楽しんで書いてはいるが、読者に楽しんでもらっているかどうかは数字が証明している。(笑)

1つ1つのセリフや行動がグサリと心に刺さる。現実を見せる先生の言葉も、そうした非情な現実を跳ね返そうと抗うキャラクターたちの姿も。

どの場面やシーンを切り取っても、自分と無関係の話とは思えない。きっと他の多くの人にとってもそうだろう。

どうして歌うの?→楽しいから→なぜ楽しいの?なぜ合唱なの?→一度の人生で後悔したくないから→それが歌である必要があるの?→…

永遠の思考のループ。だが結局はいくら考えても「楽しいから」という結論に帰ってくる。

楽しいが持つ無限のパワー。この作品は楽しいと思うことへの自信や勇気、純粋な楽しいを大切にして情熱を傾けることの大切さを思い出させてくれる。

挑戦

(c)tari tari project

来夏は後悔しないために合唱部で歌うことを決意する。

後悔したくない。「やらなかった後悔よりやった後悔」とはよく言われるが、どちらにしても失った過去は取り返せない。

だからやって後悔する。挑戦してたとえ失敗したとしても「やり切った」という思い出は残る。

来夏は合唱部として待望のコンクール当日を迎えるが、トラブルで別行動になり、別動隊の到着が遅れたことで、来夏と親友の紗羽の2人で舞台に立つことになってしまう。

1年前の自分の失敗とは違い、自分たちの番を中止にすれば誰も恥をかかない。「他の部員が来れなかったんだからしょうがないよね」で済ますこともできる。

最初は自分の運命を呪い、帰ろうとする来夏だが、紗羽に文字通り尻を叩かれて奮起し直し、2人だけでもステージに立つことを決意する。

挑戦する姿勢。フラッシュバックする1年前の失敗。最初は緊張と恐怖で震える来夏だが、堂々と最後まで歌い切る。

失敗を恐れずに挑戦する。文字に起こすのは簡単だ。だがそれを実行するのは本当に難しい。いろんな要素が足かせとなる。

とある心理学者によると、死に際に私たちを苦しめるのは「理想の自己」になれなかったという後悔らしい。理想の自己とは何か。どうやったら理想の自己になれるのか。

それが来夏たちにとっての「歌」で自分を表現することであり、理想の自己を手に入れるための「挑戦」を恐れない気持ちの強さでもある。

「今のメンバー、今の気持ち、今の歌は今しか歌えない」

来夏が憧れるジャズバンドのメンバーのセリフ。当たり前のことだが胸に刺さる言葉だ。

人生は一度きり。青春は一度きり。たとえ失敗して後悔したとしても、今の気持ちに正直に。強く前に進む勇気をくれる。

等身大

(c)tari tari project

この作品は変に着飾っていない(上の画像では着飾っているがw)。これは青春アニメだよ、と大げさに主張していない。

ほとんどの人が思い浮かべるような青春アニメでは、仲睦まじい友達同士のやり取りだったり、とってつけたような失敗や成功、分かりやすい友情だったりがアニメ風にクローズアップされることが多い。

「いかにも青春してますよ感」とも言えるかもしれない。とにかく会話やキャラクターの挙動、シチュエーションを大げさに思い切り大きくすることで、それらしい雰囲気を演出しようとする。

だがこの作品はあくまで等身大であり、リアルな高校生に近いキャラクターを描き出している。

自分がしたいことを全力でやる。後悔しないように精一杯向きあう。それを阻止しようとする大人にもめげずに立ち向かう。非現実的な事件は起こらない。

キャラクター同士の会話を切り取ってもそれは伝わる。変に難しい言葉を使ったり、分かりにくい言葉で遠回しに伝えることもしない。

自分に先駆けて、お互いに名前呼びになっている紗羽と和奏を見たときの来夏の反応や、会話の途中で何気なく名前呼びに変えようとする来夏もリアルに近い。

和奏との距離感の遠さを気にしていた来夏は、会話の中でひっそりと「来夏でいいよ」と言い、それを引っ張ることなく元の会話へと移っている。会話の一部として完全に溶け込んでいる。

より「青春っぽい」描き方をするなら、名前呼びになるというのは大きな転換点として大げさに描くこともできる。「これからもよろしくね!〇〇!」的な。

だがあくまでありのままに。名前呼びを相手に勧めるのは気恥ずかしい。だから会話の中でサラッと言ってごまかすように元の話に戻る。

和奏が本格的にメンバーになる時でもそうだ。

和奏にとっての「歌」は亡くなった母への罪悪感を生んでしまうトラウマのようなもの。最初は来夏に協力しながらも徐々にフェードアウトしていく。

しかし亡き母の娘への思い、そして歌への思いを知った和奏は、歌の楽しさを思い出して、改めて合唱部の仲間となる。

過去のトラウマを持つキャラは青春アニメでは定番だ。不可欠と言ってもいい。

そのトラウマを解きほぐすのは誰か。家族なのか友達なのか。友達なら分かりやすい。なぜならその後、トラウマから解放してくれた友達に恩を感じ、入部までの流れをスムーズに描くことができるからだ。

だがこのアニメでは、父親との会話や自分自身の母との記憶をたどることで、後悔と向き合い、歌の楽しさと歌が持つ力を思い出し、自然と合唱部の一員になっている。

友達のおかげではない。全く関与していないとも言えないが。

他人を変えることは簡単ではない。根深い問題で歌嫌いになっている友達を再び歌へと引き戻す。

それはいくら青春アニメとはいえ、友達の間柄では多少なりとも「ご都合感」が出てしまうものだ。

だから待つ。過干渉せずに自分から足を運ぶまで待つ。そうした部員の思いやりまでくみ取ることができる。

大げさな演出はない。大げさでなくてもしっかりとキャラクターの優しさが伝わり、自然に合唱部の輪が出来上がっていく流れは非常に綺麗だ。

ありのままだからこそ生まれるキャラクターへの共感。キャラクターの気持ちが読み取れる1つ1つの行動を見ても、そこに思わず笑ってしまうような面白さや感情が包まれていることで、キャラクターも活き活きしているし、連鎖的に自動的に、綺麗なストーリーも生まれている。

総評:辞められない

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「音楽は辞められない。やるとか辞めるとかじゃない。音楽はいつも共にあるもんだ。」

これは中盤あたりで、来夏の憧れのバンドのメンバーの1人が言ったセリフだ。

なんで歌うのか。その答えを来夏達は歌を通して考え、困難にぶち当たりながらも挑戦し続ける。

歌が好きだから。もちろんそうだ。好きだから辞められない。この言葉にも強く共感できる。

歌が好き。でも人も集まらないし、トラブルで講演が中止になりかけるし、大人が邪魔しようとしてくる。

「じゃあ歌うことを辞めますか?」と聞かれたら、多分彼女たちはどんなことがあっても辞めないだろう。

歌の持つ無限の力。人を勇気づけ、目標へと駆り立て、一度決めたことをやり通すという強い信念を生み出す。

歌に限らない。それぞれが好きなものを当てはめるといい。ゲーム?読書?スポーツ?なんでもいい。

自分の好きなことや継続していること、夢や目標のために頑張っていること。それをトラブルや邪魔で辞められるか?自分に問うてみればいい。

本当に好きなことだったら辞められるはずがない。やるとか辞めるとかじゃない。人生の一部なのだ。

もし辞めてしまったら今までの頑張りは何だったのか。それがない生活に耐えられるのか。逆説的に考えると、自分の本心を垣間見ることができる。

そういった好きなことを好きだと自信を持って発信し、前向きに挑戦し続ける勇気をくれる作品だ。

あらかた自分に酔ったので、ここからは作品について触れていく。(笑)

一言でまとめれば良くある青春アニメ。だがそれが良い。定番、定石、王道。それこそが正義だ。私にとっては。

それぞれ違う夢を追いかける者同士が集まり、家族のことや将来のこと、友達のことで悩み立ち止まる。

それでも今できることは何か、大切なことは何か、後悔しないようにするには何をしたらいいのか。

それらを友達や家族との触れ合いを通して気づき、後悔しない方法を力強く選び取っていく。

大人の邪魔も入る。紗羽という女の子は将来、騎手になることを夢見ている。

しかし彼女は女性だ。しかも身長体重共に、騎手の基準となる数字とは開きがあり、協会やスクールに問い合わせても門前払いを食らってしまう。

さらに住職をしている父親には「安定した職業に就いて、趣味程度に乗馬をたしなむように」と何度も反発される。社会はそんなに甘くない、と。

だが紗羽は自分の夢を決して曲げない。どれだけ反対されようと、無理だと言われようとも諦めない。最終的には夢のために海外に飛んでいる。

文化祭にしてもそうだ。理事長の都合で文化祭は中止になりかける。

だが来夏達の強い思いと、歌が作り出した繋がりのおかげで、小規模ながら文化祭で準備した劇を行うことができた。

壁を乗り越える思いの強さ。まさに青春はかくあるべき。という綺麗なストーリーに自然と心が動かされ、観るだけでパワーがみなぎってくる作品だ。

だが最後のマンション計画は「大人の邪魔」にしては規模がデカすぎる気がした。(笑)

ありのままの青春模様が印象的だった作品が、一気にファンタジーになっている。何の前触れもなく、理事長の主導で学校の敷地にマンションが建設されることなどあるのだろうか。(笑)

ささいな非現実感がありながらも、歌を通して繋がった仲間の絆だったり、歌の持つ力だったり。この作品が伝えたいことはヒシヒシと伝わってきた。

苦しい時はその苦しさを共有する。決して「私が何とかしてやろう」ではない。

過干渉はせずに、同じ目線で同じ目標に向かって「今このとき」の気持ちを共有することで生まれる絆や友情。

それがこの作品をより美しくしている。恥ずかしくても、恥ずかしいと思われてもいい。カッコつけずに自分たちがやりたいことを何が何でも貫き通す。

あまりに眩しすぎる青春模様。歌に始まり歌に終わる。歌の力がいろんな人の思いを繋げる。

心に深く染みわたるようなバラードのような優しさと、夢へとひた走るロックな勢いが合わさった作品だ。

雑感:挑戦

(c)tari tari project

挑戦を諦めてはいけない。個人的な境遇も相まって、深く心に刺さる作品だった。

どんなに忙しくてもアニメを観る理由は、まさにこの作品に詰まっている。アニメはときに気付きをくれるし、感情を豊かにしてくれる。

アニメは時間の無駄かもしれない。人生における時間の使い方としては、最高に有意義とは言えないかもしれない。

それでも「好き」なのだ。「楽しい」のだ。アニメを観るのを辞める?辞められるわけはない。この先何があっても、腰が曲がっても、病床に臥しても、一生アニメを観続けるだろう。

好きなことを好きと言う。やりたいことをやりたいと言う。反発されても理解を得られなくてもいい。

全ては後悔をしないように。一生に一度しかない「今このとき」を精一杯生きる。文字列にすると一層使い古された言葉に見えるが、人生における究極的なテーマなのかもしれない。

人生という迷路に迷い込んでいる人。自分のやりたいことに自信が持てない人。何を目標にしたらいいか分からない人。

いろんな人にこの作品を観て欲しい。きっとかけがえのない大切な「何か」を心に残してくれるはずだ。




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