2016年

【2016アニメ】「甘々と稲妻」アニメレビュー




(35点)全12話

ひとり娘と二人で暮らす高校教師が、ふとしたきっかけから教え子の女子高生と三人でごはんを作って食べることに。三人とも料理はまったくできないけれど、美味しいごはんはとっても大好き!あったかくって楽しいひとときが、きっとあなたを夢中にさせる!TVアニメ「甘々と稲妻」公式サイト




一人娘を愛する高校教師の日常を描いたほのぼのアニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (35点)
完走難易度 難しい

原作は雨隠ギド先生。

監督は岩崎太郎さん。

制作はトムス・エンタテインメント。

2人暮らし

©雨隠ギド・講談社/「甘々と稲妻」製作委員会

高校教師と一人娘の日常を描いたハートフルコメディ。

まず印象的なのは、娘の声を担当されている声優さんの演技だ。

舌足らずな感じが、いかにもジブリ作品の子供役で登場しそうなキャスティングになっており、1話の時点では、少し演技の質の方でも違和感を感じる。

このような作品で新人さんを起用するのは、かなり珍しいのではないだろうか。もちろん新人さんは大歓迎だが、ベテランに挟まれて少し窮屈そうにも感じてしまう。

子供役というより子供そのものだ。新人ならではの緊張感とか初々しさが、そのまま役に乗っているような印象だ。

ストーリーはいつも高校教師として男手1つで娘を育てるお父さんと、保育園に通いながら、夜はお父さんの帰りを待つ娘の日常を描いている。

そして中心となるのが「ごはん」だ。お父さんはいつも多忙なためご飯が作れず、弁当や外食で済ませてしまっている。

ある日、娘が手作りの料理を恋しく思うのを見て、心機一転、花見で偶然出会った教え子の店に行き、「美味しいご飯」を作ってもらうところから始まり、その教え子との縁が作られていき、「ごはんの輪」が広がっていく。

食育。個食や孤食などと、最近の食事はただ胃を満たすだけの手段になってしまっている。現に私もそうだ。(笑)

だが「幸腹グラフティ」でも描かれていた通り、誰かと一緒に食べるご飯こそ至高なのだ。料理の美味しさは関係ない。

他愛ない会話をしながら食卓を囲み、同じ料理を食べて感想を言い合い、食事の喜びを分かち合う。それが幸せな食事というものだ。

インスタントや冷凍食品から不器用なりにチャレンジして作った手作り弁当へ。料理を通して親子の愛情は深まっていく。

料理

©雨隠ギド・講談社/「甘々と稲妻」製作委員会

毎話違う料理を作って、3人で舌鼓を打つという構成になっている。

お父さんと娘と教え子。「恵」という教え子のお母さんが営むお店に集まり、お父さんと教え子の少女が不器用ながらも料理を作り、みんなで一緒に食べる。

そこにあるのは幸せだ。なんでもない幸せだ。この上ない幸せだ。

料理の演出のきめ細やかさも特筆すべきものがあり、料理の工程を辿っているから完成したときの喜びも一入。料理は食べるのはもちろん、自分で作る過程も非常に楽しいものだ。

大好きな人と一緒に料理を作り、一緒に食す。いちいち言葉にせずとも、そこには幸せな光景が広がっている。

だがそれが中盤以降、若干マンネリ化している感もある。いかんせん構成に変化がなく、Aパートで何の料理を作るのか決めて、Bパートでその料理を作り、食べて「美味しい!」で終わる。

毎回違う料理が登場するとはいえ、変化するのは料理くらいのものだ。幸せも当たり前になると幸せに感じなくなる。それもまた人間の性だ。

©雨隠ギド・講談社/「甘々と稲妻」製作委員会

料理は人を幸せにする。美味しいは何物にも代えがたい良薬になる。喧嘩をしても料理を一緒に作って食べれば全て忘れる。

これは誰しも経験があることではないだろうか。兄弟げんかや親子喧嘩、友達とけんかして落ち込んだり怒ったりしても、その後にご飯を食べればなかったことになる。

少なくとも私にはそういう経験は何度もあった。親や兄弟と喧嘩をしたとしても、食卓を囲めば、綺麗さっぱり忘れて、まるで何事もなかったかのようにご飯を食べて会話を弾ませる。

月並みな表現にはなるが、料理が親子の絆を繋ぐ架け橋になっている。

いちいち仲直りせずとも、料理を一緒に作って食べれば自然と笑顔になり、嫌なことも綺麗さっぱり忘れることができる。

ただやはり気になるのは予定調和だ。まるで料理番組のように「まず~して、次に~するために~します」といった感じで、料理を作る尺が結構長く取られている。

もはやグルメアニメと化してしまっている。食戟とか美味しんぼとか、そっち方面の作品に染まってしまっている。

本来この作品で描きたいのは本当に料理なのだろうか。あくまで料理は舞台装置ではないのだろうか。料理を通して繋がる絆だったり、料理以外での変化や成長だったりを描くことが本筋ではないのだろうか。

このアニメはあくまでお父さんと娘の愛、そして教え子も巻き込んだ3人の関係を描いた作品のはずだ。毎回予定調和の光景を繰り返すのは、アニメ的には果たしてどうなのだろうか。

その予定調和が気持ち良くなれるのは選ばれた長編作品だけだ。12話という尺の限度がある中で、アニメとしての面白さを追求しようとしたとき、そもそもの作品性、そして毎話同じことをする構成に端から問題があるように思える。

総評:予定調和

©雨隠ギド・講談社/「甘々と稲妻」製作委員会

12話という尺で変化を挙げるなら、新キャラクターがたまに登場するようになったことくらいだ。

基本的な流れは最後まで変わらない。まずはAパートで何かしらのトラブルが起きる。お父さんが風邪を引いたり、娘が友達と喧嘩をしたり、野菜が食べられないで泣いたり。

そういったトラブルを解決するために、Bパートはそっくり料理のための尺に使われる。料理を一緒に作ることで、嫌なことも忘れて自然と笑顔になり、最後はハッピーエンドで終わる。

この流れが結局最後まで続く。いわゆるストーリーがほぼない「水戸黄門方式」だ。

同じ親子の日常を描いたアニメとして「かくしごと」という作品がある。その作品ではCパートで高校生になった娘が、お父さんを意味ありげに偲ぶという「未来を小出しする」構成になっており、その積み重ねが上手く最終回の展開へと繋がっている。

もちろん他作品と比べて批判をするつもりなど毛頭ないが、料理と子供が好きじゃなければ、きっと多くの人は視聴が続かない作品になってしまっている。

料理を一緒に作る。楽しい。食べる。美味しい。

そこにキャラクター同士の関係の変化や、娘の成長が少しでも感じられる描写や伏線があれば、もっとストーリーは面白くなったかもしれない。

だがルーティーンを選んだ。それだけのことだが、マンネリを強いる作品なだけに、人を選ぶ作品になってしまっていることが個人的には残念だ。

大きく動き出しそうな要素は転がっている。亡き母親の存在がそうだし、先生のことが常に気になる教え子の女の子がそうだし、なかなか出会いそうで出会わなかった料理研究家の母親がそうだ。

秘密兵器を温存しておきながら、最後まで出場させなかったもったいなさに近いような、最強を隠しているサイタマのようなもどかしさを感じる作品になっている。

毎話のようにトラブルを持ちこむ娘ちゃんだが、中盤以降はそれもわざとらしい。構成がキャラクターを型に嵌めているような窮屈さを感じる。

最初にトラブルを起こす前提で構想が進んでいるような感じで、そのために娘ちゃんが嫌な思いをしたり、野菜嫌いを演じる羽目になったり、自分勝手な行動をしたりしている。

それらは全て子供らしい振る舞いではあるが、その結果お父さんと喧嘩したり、料理を作る流れに持っていくための「前座」になってしまっている。

明らかに構成の問題だ。恐らくは1話ごとに、必ず最終的に「料理」へ持っていく前提で脚本会議は進んでいたのだろう。だがそのせいで、娘ちゃんの人格や行動は必然的に「計画されたもの」になってしまっている。

私が知る面白いアニメは、キャラクターがストーリーを引っ張っていく。だがこのアニメでは、ストーリーがキャラクターを引っ張ってしまっている印象だ。

娘ちゃんの作画も好みが分かれるところだろう。一人だけ不自然に大きい眼は子供らしさを演出するとともに、人外めいた不気味さも併せ持つ。

最初の印象で敬遠したくなる類のビジュアルだ。その時点で人を選ぶ作品になってしまっている。

美味しい料理と幸せな空間があって、もっと擦れば面白くなりそうなキャラクターや関係があったのに、楽な道を選んだ。どうしてもそういう風に見えてしまう作品だ。

雑感:娘ちゃん役

©雨隠ギド・講談社/「甘々と稲妻」製作委員会

娘ちゃんを演じた遠藤璃菜さんは、驚くべきことに当時まだ10歳。通りで演技にリアリティがあるわけだ。

本来の畑は女優業らしく、数々のドラマに子役として出演、またアニメにも何本か出演している。

彼女の演技は最初こそ不自然な感じがあり、コナンの映画で必ず登場する演技が下手な子供役っぽさがあったが、徐々に慣れていき成長が感じられた。

甘々と稲妻。結局どういう意味なのだろう。いろいろと謎のまま消化不良のまま終わってしまった。

子供が好きでグルメが好きなら観て欲しい作品だ。




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