2004年

【2004アニメ】「エルフェンリート」アニメレビュー





(72点)全14話

二角奇人(ディクロニウス)は、人間の突然変異体・・・・・・頭から生えた角を持ち、第6感とも言える特殊な能力と手を持っていた。人類を淘汰する可能性をも秘めた彼らミュータントたちは、その危険な能力のため、国家施設に隔離、研究されていた。しかし、偶発的事故により、ディクロニウスの少女ルーシーは拘束を破り、警備員らを殺戮、研究所を逃げ出す。が、その途中で記憶喪失となってしまう。過去と記憶を無くしたルーシーは、鎌倉・由比が浜に流れ着くが、その浜辺でコウタとユカに出会い、「にゅう」と名付けられ、コウタの住む楓荘に居候することになる・・・・・・。




特殊な能力を持つ少女との出会いを描いたファンタジーアニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (72点)
完走難易度 易しい

原作は岡本倫先生。

監督は神戸守さん。

制作はARMS。

にゅう

©岡本倫/集英社・VAP・GENCO

1話の冒頭からちぎれた腕がカメラに抜かれる衝撃的なスタートになっている。

恐らく後にも先にも、ちぎれた腕アップから始まるアニメは存在しないだろう。(笑)

もっと言えば、最初のOPから禍々しいというかピカソ的というか、なんと表現すればいいか分からない気持ち悪さと、不気味さを併せ持つ世界観は既に始まっており、音楽と併せて一層恐怖が倍増するような演出になっている。

耐性がない人は卒倒モノだろう。恐怖から始まりさらなる恐怖へ。全く遠慮がない岡本先生の偏屈さが見て取れる。(笑)

囚われの少女が警備員を次々とむごたらしく殺していき、施設から脱出し、崖下の海へと落ちていく。

そして、とある大学生の男女がその女の子を海岸で見つけ、家に連れて帰るものの、喧嘩をして家出してしまうのが1話のあらすじになっている。

とにかく異色で癖しかないアニメだ。このアニメが放送されたのは今から17年前。昔だからこそ許されたアニメという感じで、首ちょんぱするわ腕がもぎもぎフルーツするわで、今なら間違いなくコンプライアンスに引っかかってしまうであろうシーンが連続して起こる。(笑)

もはや笑うことでしか正気を保てないような異常な光景。かと思えば、脱走シーンの後は情緒あふれる鎌倉の景色と、優しい自然の音の中で、いとこの男女が仲睦まじく話すシーンがあり、にゅうと一緒にご飯を仲良く食べるシーンもある。

大量殺戮から家族団らん。落差があまりに大きい。エベレストからマリアナ海溝くらいの落差だ。(笑)

1話の引き込む力はとてつもなく大きい。伏線もあり、最後の引きもある。中身だけではなく外面もしっかり練られている作品だ。

追っ手

©岡本倫/集英社・VAP・GENCO

ルーシーが収監されていた施設の人々や刑事から逃れる物語でもある。

ルーシーは人間から変異した特異な個体。野放しにしていれば人類が滅ぶ危険分子。早急に排除する必要があるという言い分でルーシーを探し、抹殺しようと同じ個体を送り込んだりする。

かたや主人公と従姉妹の女の子の2人は、ルーシーを渡すまいと刑事に嘘をつき、保護する役割を担っている。

主人公が預かり知らないところで明らかになるルーシーの危険性。そして密かに進む抹殺計画。日常とバトル。この両輪が上手く回っている作品だ。

当のルーシーは記憶喪失で施設にいたころの記憶がなく、ついでに最低限の社会性も人間性も失っている。

だが頭に何らかの衝撃が加わることで記憶を取り戻し、某怠惰の大罪司教のような見えざる手を使い、兵士を殺し、自分に差し向けられた同種の個体の四肢をもぐ。

いろんなところでいろんな人の思惑が交差して複雑に絡み合い、どこに終着するのか全く予想が付かないスリリングさも併せ持っている作品だ。

主人公はルーシーを誰にも渡さない。その一心だ。だがルーシーの本当の正体を知らない。本当のルーシーを知ったときに恐らく物語は大きく動き出す。

どうしてもグロが先行してしまうし、グロの破壊力は某ふるきものアニメに比肩するレベルにあるが、それが中心ではなく、それとは対を成す平和でのほほんとしたラブコメティックな日常が安心感を与え、緊張感が絶妙なバランスを保っている作品でもある。

伏線

©岡本倫/集英社・VAP・GENCO

少しずつ散りばめられた伏線が終盤に一気に回収されていく。実にスペクタクルな構成になっている。

ルーシーと主人公の馴れ初めが明らかになり、時を同じくして、ルーシー抹殺計画を進めていた施設の長と思しき人物が主人公の尻尾を掴みかける。

流れが非常に綺麗だ。ただのグロアニメと敬遠するには惜しいほど完成度が高く、1クールの尺で見事に起承転結が描かれている。

中盤にもなると、序盤の印象とはガラッと変わっていることに気付く。胃の奥にドロドロしたものを感じる闇深な序盤戦から、ルーシーを巡る人々の思惑が交差する重要な情報が眠る中盤戦、そしてルーシーを巡る人々の争いを描いた終盤戦へと繋がっている。

グロアニメから重厚なサスペンスへ。終盤にもなるとグロシーンがグロシーンに感じなくなっている。それは気づけば壮大な愛の物語の一部になっている。

ただ序盤のパンチが強すぎるのは大いに問題がある。いくら中盤からグロが少なくなり、サスペンスの要素が増すとはいえ、やはり冒頭からドンパチするのはやりすぎだ。間違いなく今の若者アニメファンには受け入れられないだろう。

それゆえに、安易にオススメは出来ない作品となってしまっている。それでも冒頭の苦難を乗り越えれば、中盤以降見返りがある作品だ。

差別

©岡本倫/集英社・VAP・GENCO

ルーシーとナナには角が生えている。見えざる手という特殊能力も備わっている。見た目は人間だが人間とは少し違う種族だ。

だが彼女たちは、人間に悪さをするような畜生ではない。至って普通の人間性を持っている。感情だってあるしご飯だって食べるし生理現象だってある。

それなのに「角が生えているから」という理由だけで迫害を受ける。見た目で判断され差別される。銃口を向けられ、学校でもクラスメイトからいじめのような扱いを受け、親類からも気味悪がられる。

見た目が違うだけで差別や迫害を受ける。まんま現実の有り様を投影した世界観になっており、強いメッセージ性も孕んだ作品だ。

「ここにいる子供はみんな不幸だ。自分が不幸だから自分より不幸な者が必要なんだろう。」

これは回想で子供版ルーシーが友達に放ったセリフだ。まさしく差別を象徴するような言葉で、この一言に全てが詰まっていると言っても過言ではない。

不幸な人間は他人を呪い、周りの人間まで不幸にする。そうして負の連鎖は起こり、差別が終わることはない。

子供とは思えない程ませているセリフだが実に的を射ている。いじめてくる奴に対して憤るのではなく、もっと大局的な視点でいじめを生んだ社会に対して憤っている。

岡本先生がそうした社会に対する反発みたいな意図を作品に込めたかは分からないが、差別がいかに無為で無知なことかを教えてくれる教科書でもある。

「人間じゃないのは、普通じゃないのは、お前らの方だ!」

ルーシーの悲痛な叫び。差別が終わらないことへの絶望。差別をされている人間らしい優しい怪物よりも、差別をしている醜悪な人間の方がよほど怪物だ。

総評:愛の物語

©岡本倫/集英社・VAP・GENCO

最後まで息をつかせる暇さえ与えないほど濃密な作品だ。

まずは構成の素晴らしさ。伏線を少しずつ小出しにして一気に終盤で回収する手法を使い、溜めに溜めたエネルギーを一気に放出する終盤のエネルギーは凄まじいものがある。

だからと言って、序盤から中盤までが退屈というわけでもない。少しずつルーシーのことが明らかになったり、ルーシーに忍び寄る魔の手があったり、明確なゴールに向かって少しずつ進んでいるような、絶叫アトラクションに乗る前のワクワク感とハラハラ感が混在したような高揚感というか、気持ちを切らさずにハイなまま最後まで行ける貴重な作品だ。

グロシーンと併せて、終始心臓をわしづかみにされているような緊張感。他のアニメでは体験したことのないようないろいろな感情が混在した不気味に渦巻く恐怖感。

そして、MAXに高まった緊張感を絶妙に解きほぐす日常でのワンシーン。ルーシーが「にゅう」になって家族と仲良く普通の日常を過ごす。

そこで生まれる家族の絆。その強固な繋がりが終盤のシーンへと繋がっており、ゴールテープを綺麗に駆け抜けている。

グロとサスペンスに隠された壮大な愛の物語。誰からも愛されたことがない、差別を受けるのが当たり前の世界で、唯一自分を認めてくれる存在。

その存在のおかげで愛を知り、その存在のおかげで愛を憎み、また愛を知る。そんな歌があったような気がするが…まあ、それはいいや。(笑)

その愛が時を超え、試練を超えて、再び二人を引き合わせ、最後には…もちろんこれはルーシーの贖罪の物語でもある。最後は「皆揃って笑顔で終わり!」とはいかない。

それでも不思議と、最後には晴れやかな気持ちになっている。一体作中で何人の人がディクロニウスによって殺されたか分からない。

さらには未回収の伏線もある。ルーシーを追っていた刑事の動向、ルーシー殺害に執念を燃やしていた兵士の末路、世界を作り変えると豪語した施設長の顛末など。

なのに観終わった後は妙にスッキリした気持ちだ。グロの気持ち悪さよりも、いい作品を観させてもらったという感謝の思いの方が勝るということだろう。

あれだけのグロでもかき消すことができない愛の強さ。グロと愛のせめぎあいは終始自分の中で続いたが、最後にはきれいさっぱり全部流してくれた気がする。

だがそうは言っても、グロの破壊力は抜群だ。恐らく今まで観てきたアニメの中でも1,2位を争うグロさだ。

多分これ以上の作品を今作ろうとしても、コンプライアンスとかBPOとかその他諸々、制約が多すぎて企画倒れになるはずだ。(笑)

そもそも企画自体も立ち上がらない。それほどの作品が17年前に放送され、今こうしてdアニメで観られるのは幸せでもあり、同時に時代の変遷も感じることができる。

作画は素晴らしい。同時期のアニメと比べても、恐らく素晴らしい部類に入るのではないだろうか。

特に背景の美しさや自然音、細かい物体の動きなどから、本当にその場にいるかのような錯覚を覚えるほど、いわゆる没入感の高い作品になっている。

没入感が高いあまりに、最後は心身にとてつもないダメージを食らうことにはなったが、死地に飛び込んだことを後悔はしていない。

雑感:伝説

©岡本倫/集英社・VAP・GENCO

アニメ界に伝説を残した作品と言っても過言ではない作品だろう。

盛大なグロから始まるアニメなど、後にも先にもこのアニメしかない。いきなり人を選ぶシーンを堂々とやるなど狂っているとしか思えない。(笑)

「ひぐらしのなく頃に」というお仲間もいるにはいるが、ひぐらしよりも圧倒的にエグいし、長い。冒頭の数分間ですでにお腹いっぱいになるくらいだ。

「17年前だから」とかはあまり関係ないように思う。17年前だろうが50年前だろうが、作っている人も観る人も同じ人間だ。グロから始まるアニメなど、作る人も観る人もどちらも嫌だろう。(笑)

それを最初からアクセル全開で吹かすもんだから、腰を抜かすどころの騒ぎではない。だがそのグロが見せかけではないことを、じっくりと証明してくるストーリーと構成になっており、観進めるほどドツボにハマっていく。

その点で言えばひぐらしと一緒だ。ただやっぱりひぐらしが大丈夫だから…と安易に手を出していいレベルの作品でないことも確かだ。(笑)

もしメンタルが屈強な「我こそは!」というアニメファンがいたら、是非とも観て欲しい。




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