2020年

【2020アニメ】「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」アニメレビュー





(31点)全13話

東京・お台場にある、自由な校風と専攻の多様さで人気の高校「虹ヶ咲学園」。スクールアイドルの魅力にときめいた普通科2年の高咲侑は、幼馴染の上原歩夢とともに「スクールアイドル同好会」の門を叩く。時にライバルとして、時に仲間として、それぞれの想いを胸に日々活動するメンバーたち。「夢を追いかけている人を応援できたら……。」 9人と1人の少女たちが紡ぐ、初めての「みんなで叶える物語(スクールアイドルプロジェクト)」。届け! ときめき――。いままた夢を、追いかけていこう!TVアニメ「ラブライブ!虹ヶ咲スクールアイドル同好会」公式サイト




大人気「ラブライブシリーズ」系列の最新グループによる最新アニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (31点)
完走難易度 難しい

原作は矢立 肇さん。

監督は河村智之さん。

制作はサンライズ。

虹ヶ咲

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

大人気ラブライブシリーズの「3作目」という位置づけにあたる作品。

初代のラブライブが立ち上がったのは2010年。きっかけはとある雑誌の企画から。

現実と2次元のリンク。キャラクターに声を当てる声優さんが現実でも歌って踊る。アイマスと並んで、アイドルアニメのパイオニアとも言える存在だ。

そんなラブライブもシリーズ化の流れを取り、無印から「サンシャイン」を挟んで、今作は虹ヶ咲学園の「スクールアイドル同好会」が舞台となっている。

まず明らかに前作とは異なるのが「廃校」がないということだ。舞台は東京・お台場の高校で、建物は外装も内装も明らかに最先端。いかにもお金持ってますよ感が漂うボンボンが通いそうな装いだ。(笑)

東京のど真ん中とあって廃校とは無縁。学生もたくさんいるし、最初から「同好会」なるものが100個以上存在する。そこで浮かび上がるのが「何のためにアイドルをやるの?」という作品の根幹を成す部分だ。

前作は2作品共に「廃校から学校を救う」という高いモチベーションがあった。学校を救うために一丸となって頑張るから熱いドラマが生まれた。

今作ではそれがない。どうキャラクターをモチベートして動かしていくのか。非常に興味深い。

翻って前作との共通点として挙げられるのは、「9人を集める」という縛りがあることだ。

ラブライブシリーズでは「9人」体制のグループ活動が鉄板となっている。2作品共に9人だけに「9話」が大きな分岐点となっており、9話で全員が集合してそこから本格的に…という流れが出来ている。

どういう形であれ、「反発されても諦めない」という1つの決まった暗黙の流れがあり、そこに虹ヶ咲が乗るのかどうかにも注目だ。

同時に、1つの決まった流れが出来てしまっているので、もはやマンネリは避けられないということだ。9人のメンバーは既に決まっている。

全く予備知識がなければ、まっさらな気持ちで楽しめるかもしれないが、既に「ラブライブ」を知っている場合は、キャラクターがいかにアイドルに乗り気でなくても、生徒会長でアイドル活動に猛反発するポジションにいたとしても、最終的には仲間になるのだ。

だから最初から、一種の冷めた目線が完成してしまっている。ああだこうだしているのが茶番にしかなっていない。「メンバー知ってるからさっさと9人になれ」と思ってしまう。

そのレールを程よく無視して虹ヶ咲らしいアレンジを加えつつも、アイドルらしい、そしてラブライブらしい面白さをストーリーとして、如何にして組み上げていくのか。この作品に課せられたプレッシャーは大きい。

立ち上げ

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

この作品では既に「スクールアイドル同好会」というスクールアイドルをするための組織が存在する。

しかし、その組織は「最初の2人」が加入しようとする頃にちょうど廃部となってしまい、なるほど、廃校の流れを一応は汲んでいるということになっている。

廃校ではなく廃部。部を立ち上げるところから始まるスポ根アニメは多くがあるが、虹ヶ咲はそのパターンということになる。

最初の2人が新たに同好会を立ち上げ、メンバーを募る。同好会に所属していたメンバーを勧誘し、1人ずつ仲間にしていく。

もちろん2人の根底にあるのは、変わらず「輝きたい」「何かに一生懸命になりたい」という真っすぐな気持ち。その気持ちが2人を動かし、メンバー集めに苦心し、相も変わらず生徒会とバトルを繰り広げる。(笑)

やはり生徒会長とドンパチするのはお約束らしい。(笑)

作品の根幹を成す部分は十分に理解できるが、やっぱり3作品目となると真新しさに欠け、気持ちが上がっていく感じがしない。

まず間違いなく一筋縄ではいかずに、メンバー集めは難航する。だが最終的には熱意が心を動かし、9人が全員集合して頑張ろう!と一致団結する。そこから練習して大会に臨む。

その流れが見えてしまっている。いくらキャラクターが違っても、景色が違っても、ストーリーは恐らく不変だ。

何かとんでもないどんでん返しでもあれば最高だが、9人集まるのが絶対で、大会である程度の結果を残すのが絶対と考えたら、何かをどんでん返す余地も恐らくない。

アイマスのロボットアニメくらいにぶっ飛んだ展開になれば話は別だが、恐らくそんなことは起こりえない。(笑)

変化

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

どんでん返しと呼べるほどではないが、今作ではメンバー集めは急ピッチで進んでいる。

最初の掴みである3話が終わった時点で、メンバーは6人そろっている。前作共に確か3話あたりでちょうど2年生組が初ライブをするくらいのころ合いだ。

そこで既に6人が集結している。これは今までにない変化だ。

生徒会長の隠された正体。テンポ良く生徒会長を再びスクールアイドルとして呼び戻し、さあここから本格的に活動をしていくぞ!というのが4話以降の流れになっている。

前作と比べても非常にテンポが良い。紆余曲折がない代わりに、みんなが既に知っている「メンバー集結」の流れを短縮し、アイドルとしていかに困難を乗り越えるかというところが重要視されている風に感じる。

2期を見越しての1期だった前作までとは違い、1期で完結させる意気込みを感じる構成に見える。もちろん2期の可能性もあるとは思うが、個人的には1クールでまとまっていた方が観やすい。

廃部に至るまでの衝突、そして元同好会部員だったキャラクターの団結と、エース格の再奮起。序盤の流れも非常に綺麗で、中盤以降も期待できる展開となっている。

ただ逆の見方もできる。もし9人が集まることも知らない。ラブライブについて何も知らない初見さんがこのアニメを観たら、「メンバー集まるの早すぎね?」と思うかもしれない。

同好会に入ってスクールアイドルになるまでには様々な障壁がある。主に心理的な。そこを早々と乗り越えて、4話にしてメンバー同士が普通に仲睦まじく会話しているのは、場合によっては不自然に思ってしまう可能性もある。

そこは恐らく、「3シリーズ目」ということを一番に考慮した結果だろう。初見よりも既知のファンが多いことを見越した結果の構成になっている。

ソロ

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

さらに、今までのスクールアイドルと違うのは「個々の活動が多い」という点だ。

そもそものチームの発足時からのコンセプトがそうで、グループでありながら「個々の活躍」に焦点が当たっている。

1人1人がステージに立ち、それぞれの持ち歌をそれぞれの表現方法で魅せる。それが虹ヶ咲スタイルだ。

各話の終盤で、必ずキャラソンを披露する場が設けられている。それぞれがアイドルに前向きになった瞬間に曲が挿し込まれるという構成だ。

そこはラブライブの伝統でもある。虹ヶ咲のように毎度ではないが、グループがまとまったタイミングやライブなどの節目となるイベントごとでは、実際にキャラクターが歌とダンスを披露する。

それが虹ヶ咲では1人だ。そこが斬新で面白い。組織を個の集合体として捉えている。もちろんスクールアイドルフェスティバルをグループとして目指しながらも、個別の活動も並行して力を入れる。

より現代の価値観に即したストーリーと言える。現実のアイドルもグループで活動するのは歌うときくらいで、主にバラエティや雑誌などに個別で露出するパターンがほとんどだ。

そうした流れを汲んでいる虹ヶ咲。だがそれが一種のパターン化してしまっている節はある。

あまりに「前提」が多い。1話ごとに必ず入れ替わりで曲を披露する。曲に入るまでに「前向きになる流れ」をAパートとBパートで作る。

悩みが吹っ切れて前を向く。そのタイミングで曲がかかる。例えば4話では金髪の女の子が「自分のスクールアイドルとしての在り方」を見つけたタイミングで曲がかかる。

だが、それが前提になってしまっているせいで、悩みが薄っぺらいし解決が妙にあっさりしている。

そもそもそれほど悩んでいる描写はない。スクールアイドルとしての在り方を考えるきっかけを他のキャラクターからもらい、悩んでいる素振りもなく、友達に背中を押されて自分らしいやり方を見つけている。

1話という尺に詰め込もうとした結果、ストーリーが若干こじつけ気味になってしまっている。結果的に不自然な流れになり、キャラクターの人間性を無視した「曲ありき」に傾倒したストーリーになってしまっている。

「ラブライブ!」というアニメの宿命でもあるが、前作共に2期という尺がたっぷりあったために、個別の葛藤や魅力を十分に掘り下げることができていた。

それが恐らく1期という尺の限界もあり、1話でまとめようとすることが前提になって、キャラクターの心情が無視されている。その場合だと、どうしてもキャラクターを芯から好きになることは出来ない。

連鎖的に見せ方も露骨になる。1人1人ちゃんと掘り下げてますよ感が露骨だ。丁寧に1話ごと確実にキャラソンが挿入されている。それがわざとらしさを生んでいる。

キャラクターが生み出すストーリーは本来は生き物だ。だがこのアニメでは「キャラクターの感情は半分死んでいる」と言っても過言ではない。当然感情移入もできない。

違和感

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

金髪少女のときもそうだが、前向きストーリーに違和感がある。

特に6話の天王寺ちゃんというキャラクターの回だ。彼女は自分の素顔を出せない引っ込み思案なタイプ。無印で言うところの花陽ちゃん、サンシャインで言うところのルビィちゃんタイプだ。

自分がクラスメイトと接している時にどんな顔になっているのか。本当は嬉しいのに、上手く表情を作ることができない。楽しいのに怒っていると勘違いされ、常に他人にどう見られているのかが心配で、自分から積極的になれずに、友達も作れない。

そうしたありふれた悩みが起源となり、そこから自分を表現できる金髪少女の影響もあり、「同じスクールアイドルの舞台に立ちたい」というのが彼女のモチベーションになっている。

その流れ自体は不自然ではない。シャイな自分を変えたいから、思い切ってスクールアイドルを始める。

だが気になるのは、またしてもキャラソンに移る流れだ。彼女は結果的に仲間の励ましもあってステージに立つ決意を見せるのだが、最終的に彼女はステージに「仮面」を付けて立っている。

素顔を隠してステージに立つアイドル。前代未聞だ。しかも、シャイで無名な高校生アイドルのステージにかなりお客さんが詰めかけている。

焦点はそこではなく、アイドルなのに顔を出していないことだ。もちろんそれが彼女なりの表現方法なのかもしれないが、アイドルになるからには、自分の素顔で勝負するのはもはや当たり前ではないだろうか。

どんなに自信がなくても、それを変えるためにアイドルになったはずなのに、まだ素顔を隠し続ける。それは成長と言えるのだろうか?

吹っ切れた感じで、例のごとくキャラソンを披露しているが、本当に「仮面を付けることで表情を隠し、ステージに上がって歌とダンスを披露できるようになった」ことが成長なのだろうか?

「仮面アイドル」という設定に根本的な問題があるとは思うのだが、ストーリーもそれに引っ張られて輪をかけたように不自然さが極まっている。

不自然さで言えば、最終回手前にして突然のカミングアウトも衝撃的だ。

サンシャインでも同じような展開があったが、最初の2人の片方が、他のメンバーの女の子と仲良くしているのを見てもう片方が嫉妬をし、11話で「私だけの侑ちゃんでいて」と愛の告白をしている。

超えてはいけない一線。確かに女の子しか登場しないアニメではあるが、愛の告白をしてしまっては一気に路線から外れてしまう。

嫉妬して、その嫉妬心を思い切り本人にぶつけて、抱きしめて、愛の告白をする。

これはアイドルアニメだ。もはやそれすらも忘れたようなドロドロのラブロマンスが終盤に突如始まり、驚きを禁じ得ない。

総評:評価二分

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

ラブライブシリーズの3作目という外からの期待。元からあるキャラクターの下地やストーリー構成。

この作品は他のアニメ作品とは根本が少し違う。原作やキャラクターありきで、ラノベ原作のように流れがある程度出来上がっている作品でも、ゼロから作り上げるオリジナル作品でもない。

ラブライブという看板を背負っていて、虹ヶ咲のキャラクターの情報も既出で、ラブライブのファンなら、大まかなストーリーの流れも大体予想できるはずだ。

ラブライブが好きで、虹ヶ咲の情報も網羅している人なら、この作品を大いに楽しむことが出来るかもしれない。

それぞれのキャラクターでだいたい1話ごとに見せ場があり、大好きなキャラクターの大好きな歌が、3Dのダンスと併せて映像化されている。感動モノだろう。

だが反対に全くラブライブを知らない。予備知識もない。虹ヶ咲が初めて、という人にとってはどうだろう。1話ごとにルーティーンのようにキャラクターが入れ替わり、毎回お決まりのように、前向きからのキャラソンという流れ。

このアニメで初めて知るキャラクター達が、序盤から「既に出来上がっているかのような」関係性で仲良く話しているし、メンバー同士の衝突も比較的少ない。しかも、曲を披露する前提で各話ストーリーが進行している。

キャラクターに何の愛着も湧いていない人からすれば、このアニメは商業アニメと取られても言い訳はできない。キャラクターの曲ありきで、薄っぺらい友情や姉妹愛が描かれ、そのステージ自体も「苦労して」勝ち得た者ではない。

全部キャラクターを売り込むため。そう見えても仕方のない構成になっている。ここが評価を二分しそうな大きな要素の1つに見える。

個人的には、キャラクターの情報は知ってはいるが大枠程度で、キャラソンもキャラ1人1人に対する愛着も特になく、ほぼまっさらな状態からこのアニメを観ている。もちろんラブライブシリーズは好きなので期待はしていた。

比較的フラットな目線でアニメと向き合った中で、やはり不自然さはついて回る。キャラソンは待ちに待ったお披露目ではなく、毎度おなじみのルーティーンでしかなく、前向きになる流れも、1話という尺に押し込められて駆け足かつ、不自然になっている。

金髪の少女の回がそうだし、天王寺ちゃんの仮面ステージの回もそうだし、彼方ちゃんの姉妹回もそうだ。

彼方ちゃんには「眠るのが大好き」という特徴的な個性が元からある。それがこのアニメで「妹のために頑張っているから眠い」という裏の理由があることが明らかになっている。

その点に関しても、初見の人にとっては「妹想いの優しい姉」かもしれないが、かじった程度、あるいは元からガッツリ予習している人にとっては、眠るのが大好きという「可愛さ」が先行していた個性が、実は彼女本来の個性ではないことが明らかになっている。

「眠るのが好きで眠っている」だったのが、「妹を守るために働く頑張り屋さん」になっている。寝るのが大好きと、頑張ってるから結果的に眠いのとでは、ニュアンスはほぼ真逆になっている。

それでも裏の顔を知ってますます好きになるのか、それともキャラクターを美化するためのこじつけに見えるのか。ひねくれ者の私は後者だ。(笑)

私はもはや、このアニメを過去のラブライブと同列で語るべきではないと思っている。スポットが当たるのは個々であり、ステージに立つのは個々であり、それぞれに均等に出番が与えられている。

1人1人をいかに魅力的なキャラクターにしていくのか。そして、アイドルとしての決意を抱く過程からスムーズにキャラソンへと移行して、汚い言い方をすれば、キャラソン、引いてはキャラクターを売り込んでいくのか。

商業っぽさが前面に出ている作品となってしまっている。だからいくら感動的でいじらしい姉妹愛を見せられても、天王寺ちゃんよろしく表情は動かず、キャラクターを美化するためのプロモーションの一環にさえ見える。

だがそれも、元から虹ヶ咲のファンだった人からすれば至福のひと時なのだろう。内容如何ではなく、今まで絵だけだったキャラクターが元気よく動いている。そこに感動を見いだせれば問題はない。

もちろん予備知識を持っている人でも、私のように「ラブライブらしさ」を求めている人にはきっと物足りないはずだ。全ての作品に言えることだが、この作品は分かりやすく評価が二分しそうだ。

キャラデザや脚本に関しても不満が残る。ラブライブでお馴染みの室田さんや花田さんが起用されていない。

新陳代謝のために意図的に切り離されたのか、実力不足で降板させられたのか、スケジュールなどの外的な要因なのかは分からないが、やはり室田さんのデザイン、そして花田さんの描く青春でないと「ラブライブ感」が一気に薄れる。

どちらもかなり寄せているのは分かるのだが、わざわざそんなことをするなら、ご本人を起用すれば済む話だと思うのは私だけだろうか…(笑)

EDの作詞に畑さんを起用したりと、中途半端に無印とサンシャインのエッセンスを取り入れようとしているのが謎だ。

虹ヶ咲を見て、ラブライブの限界を何となく感じてしまった。大いに期待をしていただけに残念だ。どうやらラブライブは、プリキュアのようにシリーズ化するのに適した作品ではなかったようだ。もちろん世間での評価は真逆かもしれないが。

雑感:新たな試み

©2020 プロジェクトラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

散々酷評じみたことを書いてきたが、違う側面から見ると「新たな試みには常に批判が付きまとう」ものでもある。

スタッフを一新したことで似て非なる作風になり、グループとしての活動から、より個人に焦点を絞って描く。どちらかというとライバルの「アイマス」に近いストーリーになっている。

個人個人を掘り下げて、最終的にはグループでまとまって1つの目標に向かう。そうした流れが虹ヶ咲にもあり、大局で見れば綺麗にも見える。

だがラブライブの魅力でもあったキャラクター同士の関係(横と縦のフランクな繋がり)、何話にも渡って描かれた挫折や友情関係の悩み、そしてそこからリバウンドメンタリティで全てを跳ねのけて突き進む爽快感。困難を共に乗り越えることで生まれる絆。

青春要素が圧倒的に足りない。多くの人を魅了して、今は亡き横浜BRITZという小さな箱からスタートして、ついには念願の東京ドームにまで駆け上がった「シンデレラストーリー」はこのアニメから生まれる予感がしない。

アニメとリンクした奇跡のような数多の「ドラマ」があったから、ラブライブはここまで大きくなった。虹ヶ咲には突き破るような「熱さ」を全く感じない。

だが私みたいなひねくれ者が、ああだこうだと揚げ足をとっても、ラブライブが好きな人がいて、キャラクターを好きになる人がいて、スクフェスが好きな人がいて、曲が好きな人がいればコンテンツが終わることはない。

これからも人気が先行して、キャストの皆さんは活動の幅をどんどん広げていくことだろう。だが私はそこには一切関知しない。アニメは声優ではなく、まずはストーリーで魅せるべきだ。

毎度のこと、アニメから「何か」が始まる予感がしてきたラブライブだが、残念ながら今作では何かに駆り立てる熱量を一切感じなかった。

ただ最終回に向かう流れはしっかりあり、それぞれが自分の楽しいを見つけてチャレンジしていく光景には、確かに青春を感じた。ただ「終わりよければ…」という作品ではなかった。

興味がある人は是非とも観て欲しい。ラブライブを知らない人は無印とサンシャインを個人的には強くオススメする。




COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です