2018年

【2018アニメ】「刀使ノ巫女」アニメレビュー





(42点)全24話

古来、人の世を脅かしてきた異形の存在・荒魂を御刀によって祓う神薙ぎの巫女。制服に帯刀が主な出で立ちの彼女たちは、刀使(とじ)と呼ばれる。正式には警察組織に属する特別祭祀機動隊。御刀の所持を公認された超法規的な国家公務員でありながら、そのほとんどは全国に五ヶ所存在する中高一貫の訓練学校に通う女子生徒たちである。ごく普通の学園生活をおくる彼女たちだが、ひとたび職務となれば、御刀を手にし、様々な超常の力を発揮して人々を守って戦う。この春。全国五校から選りすぐりの刀使たちが集い、各々の技を競う恒例の大会が催されようとしていた。大会に向け、多くの刀使たちが修練に励む中、ひときわ強い思いを秘め、ひとり技を磨く少女がいた。彼女が構えた御刀の切っ先が向くその先は―。TVアニメ「刀使ノ巫女」公式サイト




「刀使」の女の子たちを描いたバトルファンタジーアニメ

ストーリー
作画
面白い
総合評価 (42点)
完走難易度 超難しい

Studio五組によるオリジナルアニメ。

監督は柿本広大さん。

刀使

©伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会

制服姿で帯刀する少女たちが人々を守るために戦うバトルファンタジーアニメ。

最初は何やらモンスターらしき巨大生物が登場して、警備隊が苦戦しているところに刀使の少女たちが駆けつけ、一刀両断するところから物語は始まっている。

その後、他校との交流試合が開かれ、メインとなるキャラクターの紹介と共に、剣術の激しいバトルも描かれている。

1話からアクションが多めで非常に躍動感があり、しっかり作品に引き込もうとする気概を感じる。

だがいかんせんクオリティは微妙だ。カット数が少なめで、3DCGも多用しており、バトルの迫力自体はあまりない。

この手のバトルが中心となるアニメではかなり致命的だ。さすがに鬼滅の刃クラスまでとは行かないまでも、ある程度の躍動感は必要だ。

予算の問題。あるいは単純にノウハウの問題なのか。恐らくその両方だとは思うのだが、1話の時点でバトルに手抜き感があるのは痛い。

しかもこの作品は2クール作品だ。終始この作画でバトルが展開されると思うと、なかなかに耐えられそうな気がしない。

ストーリーを見ても、1話からあまり統一性を感じない。冒頭ではモンスターと戦っているのに、後半は人と戦い、さらに終盤にはとあるキャラクターが御前試合で、試合開始と同時に相手ではなく、お偉いさんの方に向かって一目散に切りかかっている。

話が二転三転している。モンスターと戦った後に、友達とワイワイしながら楽しそうにしている描写を挟みつつ、最後には平和な描写を壊すようにシリアスが介入してくる。

切りかかった「当主」の女性も登場して間もない。当主以外の情報が何もないキャラクターに食ってかかっても違和感しかない。彼女を恨んでいるような描写も事前にない。

何もかもが唐突だ。モンスターとのバトルも人間とのバトルも、それほど殺伐としたものではなく、純粋な技の競い合いがそこにはある。

だが突然に、親の仇と言わんばかりに食って掛かる。平和な世界から一転してシリアスに入る作品はあるが、きらら系がいきなり物騒なゾンビアニメになった「がっこうぐらし」のような違和感がある。

シリアスへの転換が上手く行っていないように感じるのは作画も原因の1つだろうし、後は演出の問題もありそうだ。

どれだけ殺伐とした世界を基準に構築していけるか。進撃の巨人なんかが良い例だとは思うが、全くの平和ではなく、前提として殺伐とした世界観が無ければ、シリアスに対する予感も準備も、実際にシリアスに入ったときの緊張感もなくなる。

お化け屋敷が怖いのは「いつ飛び出してくるか分からない」という恐怖が身体を支配するからだ。その恐怖を演出できる人材が、この作品にはいなかったのかもしれない。

その点で言えば、がっこうぐらしにはそれらしき違和感が最初からあったうえで、1話の最後のどんでん返しが成立している。この作品では全く予想できないとこから転換しているから違和感がある。

昼間に道端を散歩していたら、急に茂みからお化けが出てくるような感じだ。それはそれで怖いのだが、怖さよりも違和感が先に来るだろう。「なんで昼間?なんでここに?」といった感じだ。

逃亡

©伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会

謀反を起こした人間がすることは逃亡のみ。

御前試合の場から逃亡した張本人と主人公は、罪人として追跡される身となってしまう。そこから身を隠しながらの逃走劇が始まる。

想像していたストーリーとは少し違うが、個人的には捻りがあって面白い。捕まるか捕まらないかの瀬戸際を楽しめるように次々と刺客が送られてきて、強敵と戦うバトルシーンも結構多くなっている。

だが繰り返しにはなるが、作画のレベルが残念なことになっている。

刀を振り上げる、刀を振り下げる、相手の刀を受ける、流すなどの一連の動作がどうしても少しカクついている。

バトルは出来れば手書きでぬるぬると動かして欲しいところだが、そうもいかない事情があるということだ。

エフェクトや音などの臨場感もイマイチで、演出的な問題もやはりありそうだ。

せっかくバトルで魅せるアニメであるにも関わらず、それを達成するだけのリソースは果たしてあったのだろうか。

キャラクターの顔のパーツはアンバランスで崩れ気味。序盤の段階でそうなので、これから回を追うごとにどうなってしまうのか不安しかない。

このプロジェクトを立ち上げた切っ掛けは一体何だったのだろうか。見切り発車感がどうしても否めない。

増援

©伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会

逃亡しながらも、2人の目的に共鳴していくことで仲間が増えていく。その仲間はどれも1話の試合で登場したキャラクターだ。

どちらの正義があるのか。自分がやりたいことは何なのか。それを各々が見つめ直すことで、真に味方に付くべきは学園なのか、それとも反逆者の2人なのかを見定めていく。

流れとしては自然だ。巨大な敵との大一番に向けて徐々に仲間を増やし、当主に隠された秘密と陰謀にも徐々に迫っていくという両輪が上手く回っている。

キャラクター同士の親密さも感じられ、百合アニメならではの癒しの雰囲気もあり、それが戦いの場での見事な連携へと自然に繋がっている。

そもそも女の子が剣で戦うというのも斬新だ。戦車で戦うアニメはあるのに剣で戦うアニメはなかった気がする。(笑)

今更そこに感動しつつも、ストーリーはしっかりしている。だがやはりバトルは相変わらずだ。切り合っているというより、殺陣の練習をしているという感じだ。(笑)

そこだけが非常にもったいない。本当にもったいない。作画で作れるはずの緊張感がこの作品にはなく、やはりバトル系のアニメでは作画が結構なウエイトを占めることを、改めて実感している。

流石に途中で休憩が必要になり、折り返しで総集編が入っている。某白箱アニメでも「総集編は嫌だ~」というセリフがあるが、総集編を挟むくらいなら1クールにして、その分クオリティを上げてもらった方が何倍も有益だ。

剣術?

©伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会

誰もが知っている通り、この作品は剣で戦う乙女を描いた作品だ。

だがそれが中盤あたりで揺らいでいる。一番大元の根っことなる部分がブレ始めている。

中盤で博士らしきおじさんが登場し、そのおじさんが開発した特殊スーツのような物を身にまとって、いわばドーピングじみたことをする。

そこは超えてはいけない一線だろう。純粋に剣の道を究めることこそ剣術の面白さであり、我々日本人にもなじみ深い「武士道」にも通ずる部分ではないだろうか。

まだ年端もいかない少女が身命を賭し、剣の道を究めて強大な敵に立ち向かう。一番大切な部分を見失っては、もう救いようがない。

頭には変なスカウターみたいなものを装着しながら剣を振るう。そこに剣の巫女のような美しさや可憐さは微塵もない。

デザインもダサければロボットみたいな歩行音もダサい。作画の崩壊も顕著になっており、とうとう作品の限界が見え始めている。

本当になんでこの作品を2クールでアニメ化しようと思えたのか。制作会社にバトルアニメのノウハウがそれほどなかったということ、スポンサーの意向が制作会社の技量と釣り合わなかったこと。

いろんな原因がありそうだが、作品の発想自体は未開拓で面白そうだっただけに、もったいない作品だ。

総評:妥協の産物

©伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会

全体を通して妥協が見られる作品だ。本当に素晴らしい作品には妥協など存在しない。

だがこの作品には予算的な問題やスケジュール的な問題、そもそもSTUDIO五組にノウハウがなかった可能性、スポンサーの介入などの外的要因など。数々の妥協で生まれた悲しい作品に見える。

まずは作画。バトルシーンは95%CGを使って描かれている。

そもそものバトルのボリュームが多いので確かに同情の余地はあるが、これはオリジナルアニメだ。企画の段階からバトルをやるって決めたなら、手書きで貫き通すべきではないだろうか。

CGだとメタリックな印象が強い反面、この手の女の子が武器を持って戦うアニメでは、あまりマッチしていない。

コトブキ飛行隊やガルパンなどの「兵器」に乗って戦うアニメなら、兵器はそこまでキビキビ動かないのでCGでも違和感はない。

だが身体を操作して戦う剣術の場合、大切になるのは細かい所作だ。そこを突き詰めることから逃げ、もちろんCGで描くのも大変なのは承知の上だが、CGで落ち着いてしまったのはまさに妥協としか思えない。

恐らくはスポンサーの意向に逆らえなかったのだろう。資金を提供しているスポンサーは絶対的な存在だ。だがその絶対的な存在が過剰に介入をしてしまうと、作品を根本から練るという作業に支障をきたす場合がある。

プロデューサーの中にはアニメを知らない人もいたかもしれない。それこそ某アイドル声優をごり押しするアニメのような惨状が起きていたかもしれない。

もちろんこれは妄想に過ぎないが、でなければ、このクオリティで2クールをやろうとはならない。総集編を挟んでまで2クールでやろうとは絶対に思わない。

作画の印象がアニメの大部分を占める昨今で、かなり致命的なミス、もしくは必然の妥協によって生まれた悲しい作品だ。

作画を抜きにして考えても、バトルに緊張感がほぼない。

何かを失うかもしれないリスクもなければ、叶えたい目標もない。主人公がストーリーを力強く引っ張っていくようなシチュエーションもないので、自ずとストーリーに緊張感は生まれない。

ラスボス的な女性がいて、ソイツが悪いモンスターに身体を乗っ取られているから倒そうとする。後半戦も同じく、悪い神様がいるから立ち向かう。

簡単に言えばこれだけだ。親の仇でも友達の仇でも何でもない。危険だから倒す。

危険だから倒そうとしただけなのに、追いかけられる。だから逃げる。その過程で仲間を増やして、今度は2人でラスボスに挑む。

流れはあるが中身がない。脚本にも多少の介入があって、やりたいようにできなかったのではないか、と妙な勘繰りをしてしまうほど味気ないストーリーだ。

根本の部分にも問題はある。途中から博士らしき人物が開発した特殊スーツ的な物に身を包んで戦うわけだが、正直邪魔だ。

剣で戦う乙女に剣以外の武器など必要ない。それは恐らく誰でもそう思うだろう。炭次郎がいきなり剣以外で強くなったら誰でも萎えるだろう。(笑)

途中でダサいスーツを装着するようになり、いよいよ作品は混迷を極めている。変なスーツでモーションは全てCG。敵は願望スケールだけが無駄に大きく、主人公たちが相対する必然性も共感性も低く、バトルのシチュエーションにも迫力がない。

作画がアレでも、最悪シチュエーションさえしっかりしていればまだ観られる。だがそこさえも守られていない。絶望的だ。

本当に企画の段階で失敗しているとしか思えない。最初から1クールでも、もしくは1話10分程度の短編アニメでもいいから、中身が濃いアニメを作って欲しかった。

剣で戦う乙女。世界観自体は面白いのに非常にもったいない作品となってしまった。

雑感:メディアミックス

©伍箇伝計画/刀使ノ巫女製作委員会

何とコミカライズにショートアニメ化、舞台にゲームなど、様々なメディアミックスを展開しているというのだから驚きだ。

アニメを出発点に、よくこれだけのコンテンツを製作できたなと思う他ない。やはりスポンサーからのお金は十分あったと解釈すべきなのだろうか。

ということは、「これだけお金払ってるんだからウチの言うこと聞いてもらおうか」的な圧力があった可能性は容易に想像できる。

STUDIO五組にノウハウがなかった可能性も探ったが、どうやら過去作にゆゆゆという有名タイトルがあるのを見るに、なかったわけではない。最後のバトルシーンの迫力を見れば、バトルを苦にしていないことは明らかだ。

柿本監督は演出上がりの人だ。どこかのYoutuberが口酸っぱく言っている通り、演出上がりの監督の一本目は必ず失敗する説は、ここでも立証されたと言って良いかもしれない。

そもそもの監督の技量があり、スポンサーの意向も当然あり、いくつかの要因が重なってこのような残念な作品が生まれたと考えるのが妥当だろう。

戦う女の子に興味がある人は観て欲しい。




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